2008/11/21
2008/06/30
2008/01/12
テネシーワルツ―美月麻几
先日送っていただいた「白鴉」21号掲載の美月麻几さんの「テネシーワルツ」について書こう。
単純にいってしまえば、ホスピスに入った父を看取る話だ。私小説のように読める。では、どうしてこの小説は、私小説のように読めてしまうのだろう。私小説のように読めることが悪いことではないし、私小説というコトバが真実を表出したものだという迷信にかなえば、それが真実らしく読めるという、すなわち「リアリティ」を担保として、感情移入を促すといった有効性を保証することにもなり、むしろ褒むべきことなのかもしれない。それをあえて「あざとい」という言い方もできるだろうが、この小説を読んで感じたことは、創作でもいっこうにかまわない素直な書きぶりにのめりこませながら、むしろ私小説であろうとする身振りこそが、小説的な技巧を招き寄せてしまって、なにやら妙な具合になっている、といった、いわくいいがたいもどかしさだ。
「胡壷・KOKO」のひわきゆりこさんが、再三にわたって中篇小説を書くときの時制の難しさにたいする困惑を述べておられるのだが、この「テネシーワルツ」もまた目次によれば88枚という微妙な長さであり、そして、時制について、問題にしたい小説だったのだ。
一人称「わたし」で書かれた、書き手≒語り手はいったい「いつどこ」で語っているのか?
容赦ない真夏の日差しの中、アスファルトの地面から吹き上がる熱風が、オフロードバイクにまたがるわたしの身体を直撃する。信号で停まるたびに、全身から汗がふきだした。深江のマンションから北に上がり、震災後整備された山手幹線に出た。神戸市東部を横断する三本の道路の中で山手幹線が一番好きだった。緑の多い道を西に進み、住吉のコウベヤレストランの角を南に曲がった。坂道にある住吉病院の狭い自転車置場にバイクをつっこんだ。
躍動的な場面から入る導入を好んでいる私ではあるが、だからこそ、いきなり「容赦ない」ではじまり「吹き上がる熱風」とか「直撃」「ふきだした」「つっこんだ」といった、単純にして強い形容の氾濫には、「またか」と思わずにいられない。
病院の玄関に立って父と二歳下の妹、長山沙奈を待っていた。煙草を吸いたくなり、道をへだてた煙草屋の店先にある灰皿のところへ移動した。屋根がないので、顔に直接日光があたる。肩にかかるストレートの髪が汗で首筋にはりついている。まだ待ち合わせの一時まで十分近くあった。中で待ってもよかったが、住吉病院には一般病棟や外来もあり、待合室にいると、菌やウィルスが飛びまわっていて病気がうつりそうな気がした。ぼんやりと煙草を吸いながら、考えるともなく父のことを思った。
上につづく段落なのだが、「つっこんだ」という語尾で終わった前段が、それらの強い形容やオートバイということとも相俟って、読者の気もちをはやらせていたのが、いきなり「待っていた」と、時間が飛び、あまつさえ煙草を吸うというのは、その気の抜けた感じが面白いといえるのだが、この段落のやけに説明過多な、丁寧さが気になる。煙草を吸いたいのだから、中で待つわけにはいかない、それでいいではないか。「まだ待ち合わせの一時まで十分近くあった。中で待ってもよかったが、」と読んだときには、煙草を吸い終えたあとのことかと思いながら、そうではないのだから。そして、こうした時間のとらえがたさがこの小説の(前半の)息苦しさに思えるのだ。
たとえ「た」という語尾が多くても、日本語には過去形とか現在形といった確たる文法上の決め事はなく、この小説の最初のセンテンスが「直撃する」と結ばれていたなら、この小説の語りつつある時間は、おおむね「今ここ」にあるといってもいいだろう。
ところが、ここで、「考えるともなく父のことを思った」と書き付けること。
結局、住吉病院のホスピスにお世話になることになってしまった。父、山辺治郎は癌が見つかったとき七十一歳だった。あれから一年半が経過した。わたしは、去年の秋の誕生日で、母が家を出ていってしまった年齢、四十五歳になった。父が病気になるまでは、両親それぞれと、つかず離れずの淡い関係を過ごしてきた。
語りつつある今のなかで、回想する。この仕草のいかがわしさ。すなわち、状況説明の身振りを今ここの「わたし」の事件にするための回想の身振りだろう。
そして、この小説は絶えず過去を語らずにいられなくなるのだ。
ポツリポツリとしたまるいタッチの音がコミュニティスペースに響いた。周りにいた人たちが父を見た。低音側から順番に一つ一つの鍵盤を父は弾いている。ピアノの前にある痩せ細った父の背中。もっと、父の背中にも肩にも、がっちりと筋肉がつき、分厚くて丸かった。わたしと沙奈が子どもの頃には……。
こうなると、「今ここ」の現前性が失われ、説明の仕草に陥りかねない。そこで、美月さんは迷走のようにも、そしてまさに小説的作為に満ちた技巧を凝らすことになる。上の段落から2行分のスペースを挟んで下に続くのだ。
家の中を風が通り抜ける。小さな庭にある柿の木が青い実をつけ、葉っぱが縁側に日かげをつくっていた。パパがテレビをつけたまま目を瞑り、音楽を聴いている。沙奈は、ハンバーグを箸でつついている。白いマシュマロのようなほっぺたにえくぼを刻んで、膝の上にいる仔猫のトムの頭を左手でなでていた。いたずらもののトムがテーブルの上に飛び移ろうと身構えていた。沙奈が気づいて、丸々とした手でトムの頭を叩いた。ご飯を食べ終わったママが洗いものをしている手を止め、振り返ってテレビを見だした。テレビの画面では、おばちゃんが歌っている。「たなしわるつ」って何だろう。
語り手の人称「わたし」はこの段落にはない。パパ、ママ、沙奈、トム、テレビのなかのおばちゃんという語り手の他者と風景の描写である。だが、やがてそこに「「たなしわるつ」って何だろう」という呟きが紛れ込む。風景は一変しているし、父ではなくパパといい、母ではなくママというなら、すでに最後のセンテンスを見るまでもなく、このときの「今ここ」とは、母がまだ家にいて、トムがいて、沙奈は幼く、父が元気だった頃だ。このとき、語尾がことさらに「る」で終わり、それを「今ここ」たらしめようとする意識が働いていることが眼をひく。過去のことを今の「わたし」が回想の身振りで眺めるのかと思う。しかし、最後のセンテンスで、それをひっくり返してみせる。その場=今ここにいるのは、「テネシーワルツ」ではなく「たなしわるつ」と聞き取りその意味をしらない「わたし」だ。
一行空きを挟んで、下に続く。
北向きにある玄関の戸が開いていて、お隣のカレーの匂いがうちの家にも漂う。ママがつくる肉じゃがの匂いとまじりあう。お腹がぐぅと鳴った。沙奈は、ピアノの後ろの階段に座って、絵本を見ながら、サリーちゃんの主題歌を歌っている。わたしはピアノの前にいた。椅子に座ったパパの膝の上で、両腕に包まれていた。
「わたし」が過去の風景のなかに「わたし」として現出するのだが、まさにこの「わたし」が現出するセンテンスの生硬さが、迷いに見える。渡辺さんの「白い谷」について触れた「わたし」の分裂、三人称としての「わたし」が現出し損ねているようにさえ、見える。すなわち、ここに表れた「わたし」には、「「たなしわるつ」って何だろう」と呟く幼さを失って、母が家を出た年齢に追いついてしまった「わたし」の言葉遣いにもどっているようなのだ。そして、この迷いが、続く段落では、ことさらな技巧を招きよせる。
パパがピアノの蓋を開け、わたしの身体の後ろから腕を伸ばし、ピアノを弾きだした。鍵盤の上をパパのごつごつした手がすべるように動いていた。パパは小さな声で歌う。息が耳にあたり、くすぐったい。あっ、この歌知っとうよ、とわたしが言う。えっ、そうか、とパパが聞く。こないだテレビでおばちゃんが、うとてた歌や、「たなしわるつ」 あははは、そうや、ようわかったなぁ。パパが笑う。パパはピアノ上手やねぇ。真希は、四歳から一年も習とうのに、真希よりパパの方がうまい。何でピアノのせんせになれへんかったん、わたしはパパに聞く。ピアノの先生になろと思たら、学校で勉強せなあかんけど、パパは兄弟がぎょうさんおって行かれへんかった。戦争もあったしなぁ。戦争が終わって、アメリカさんの基地で仕事した。そのとき生のピアノ演奏を初めて聴いて、ピアノが大好きになった。そやから、せめてと思って、調律の仕事しとうねん。代わりに真希が、ピアノの先生になってくれるか? パパはピアノを弾くのをやめて、わたしの顔を覗きこむ。沙奈とそっくりのくっきりした二重の目がわたしの顔をじっと見つめる。わかったー。真希がピアノの先生になってあげるよ。わたしはパパの丸い鼻を見ながら約束した。
会話からカギ括弧を省きながら、方言によってそれが科白であることはわかる。地の文と科白が地続きになることで、ふたたび「わたし」が幼い「わたし」に摩り替わろうとするようでありながら、残念ながら、ことさらに「わたしが言う」と書き付けざるを得ないことで、むしろ「わたしが言う」と語るものと幼く語るものの乖離が際立ってしまった。
そして、こうした回想におさまってしまった断片が、結果として「わたし」や父、あるいはその関係を饒舌に説明するばかりに見えてしまう。もちろん、ただ説明的な文章ではなく、それらが出来事であることのなかには、例えば「つかず離れずの淡い関係」などと書き付ける仕儀よりよほど前向きな小説的鋭意だとは思うのだが、それが、「わたし」と父はこうした関係でしたとことさらに説明する仕草に見えてしまったときに、これが「リアリティ」と言い換えてもいいが、この小説を私小説に思わせている。私小説であることはかまわないのだが、それを保証するのが、まさにその保証の身振り、「リアリティ」(≒説明)に依存してしまうあたりが、私には弱さに見えるのだ。ましてそれらがあまりに断片に過ぎる。ぶつ切りの時間が散りばめられてしまった。それらには「テネシーワルツ」とピアノによって連絡を保っているからこそ、なおのことそれらを断片化することなく連続しおおせていたなら、説明の身振りにならずに、出来事だけが提示できたかもしれない。
そして、後半になると、充分な説明を終えた時間は、ホスピスの父と「わたし」、さらに「わたし」の同居人らの話に収斂し、落ち着いた時間軸のなかで物語が粛々と進行する。このあたりは、先へ先へと読まされた。楽しんだと言える。短いセンテンスをポンポンと積み重ねる書き方には、工夫がないともいえるが、悪く言えばよくできたエッセイを読むように、読まされた。いうまでもなく、エッセイにも技巧がないわけではない。「テネシーワルツ」の使い方など、上手いと思う。・・・この上手いということについては、これまでも何度となく書いてきたとおりだけど・・・。
例えば、ホスピスに入るまでに、さんざんホスピスといえば「死に場所」というイメージが植えつけられながら、入院のその日に、あのひとは退院できるのに居心地がいいからいる、といった人の話がでるなどは、じつに小気味よかった。最後にこの人がふたたび物語のなかに現れるのだから、もうすこしこの人について触れられていてもよかった気がするが、ここは難しい。なによりこのとき、父のことにかまけている「わたし」なら周囲のことに目が向かない素振りとしても、それでよいようにも思う。語りの場が「今ここ」になるなら、感情やその他もろもろのなかで見損なうものがある。
2008/01/10
2007/12/28
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