2008/09/26

暮れ時の客―藤野秀樹

個人的な話だが、次回作の構想として、「嘘にしか見えない私小説」なんてことを考えていたのだけれど、「季刊 遠近第35号に掲載の藤野秀樹「暮れ時の客」が、まさに嘘にしか見えない私小説の様相だ。といっても、私は藤野秀樹さんを知らない。だから、ここに書かれていることが、藤野さんの実体験や人生に基づいているかどうか、私はしらないわけで、私小説とは作家の実体験に基づくものであるという神話にかなうならば、この小説を私小説と呼ぶ根拠はない。それでもなお、「嘘にしか見えない私小説」のように読める。もちろんそれは、私の頭のなかに「嘘にしか見えない私小説」というコトバがもともとあったから、そこにあてはまってしまっただけだと言えるが、それでもなお、この小説はやっぱり、嘘にしか見えないのに、私小説を思わせるなにかを持っている。

なぜこの小説は「嘘にしか見えない」のか?
多少の躊躇いを感じながらも言い切れば、この小説が一種の心霊譚だからだ。この小説には、ユウレイが出てくる。ユウレイなど存在しない、とは、すくなくとも私には言い切れないから、多少の躊躇いを感じるわけだ。もしかしたら、藤野さんはほんとうにユウレイに会ったことがあるのかもしれないではないか・・・。
ところが、やっぱりそれは嘘なのだ。藤野さんはユウレイに会っていない。それは書き出しの迂闊さにはっきりと表れてしまっている。

 「やっと、気づいてくれたんだね」
 そう話しかけられて、目を上げるとハル子叔母がいる。読みかけの本を伏せ、まじまじと叔母の顔を見つめた。
 ――あなた、ユウレイですか?
 いちおう尋ねてみる。
 「まあ、そんなようなものだけどさ」
 ハル子叔母というのは、おふくろの弟の嫁である。はるか昔に心筋梗塞で亡くなったはずだ。

残念ながら、迂闊にすぎる。
まず、この段階では今のところ主格を明らかにしないながら、明らかに一人称らしき語り手は、話しかけられてから叔母を認めている。すなわち、叔母がいうようには、気づいていないのだ。また、ここでハル子叔母が言う「そんなようなもの」という言葉遣いも、のちのちなにかのズレ、ユウレイとは一概に言ってしまえないなにかを期待させながら、読了してみれば、残念ながら、なにもなかった。ハル子叔母はユウレイ以外のなにものでもなかった。自分をユウレイと言う言葉に括られてしまうことの煩悶もない。例えば、「あなた、人間ですか?」と聞かれたとして、「たぶん」と答えることはあり得ても「そんなようなもの」などとは、すくなくとも私は言わない。
この遣り取りのチグハグさが、もとよりユウレイといういかがわしさをまとった存在をことさらに、嘘にしてしまった。リアリティを欠いてしまうのだ。

それだけではない。ユウレイを書くなら、その在りようを真実らしくしなければリアリティがない、と思ってしまうのだろう。説明が繰り返される。

 「わたしはね、普段は誰にも見えないの。わたしのことを思い出してくれた人の前にしか、現れることができないのよ」
 そう言われれば、思い当たるふしがある。
 最近、おふくろは、古いアルバムや本の類を送って寄こすようになった。八十を過ぎて、身辺整理を始めたのかもしれない。数日前にも、すっかり色褪せた古写真の束が送られてきた。
 その中に、まだ若い悟郎叔父とハル子叔母が並んでいる写真があった。どこかの古い街並みを背景に二人で寄り添っている。新婚旅行かもしれない。髪をアップにした着物姿の叔母は、まだ三十前だろう。ずいぶんほっそりして美人に見えた。

この前に、「私」が単身赴任中だとあり、「おふくろ」は単身赴任先にアルバムや本を送るのか、という疑問も浮かぶが、それはともあれ。

 「広島弁はやめたよ。もともとわたしは、芝居が好きでさ、テレビでやってる、銭形平次のおかみさん。なんて言ったっけ、八千草薫だ。あんな風になりたいと思ったのさ」
 叔母の口調にはかなり違和感を覚えたが、本人が好きでやっていることだから、とやかく言うまいと決めた。
 あらためて叔母の姿を眺めれば、文字通り古写真から抜け出てきたようで、セピア色に霞んでいる。どうやら、ゆうれいというのは、記憶に残るぼんやりとしたイメージでしかないようだ。微妙な表情や仕草は、できないものらしい。
 「何をチマチマと、考えてるんだか。あんたは、子供の頃から、理屈っぽいところがあったねえ」
 声を出している様子もないのに、叔母の言葉が頭の中に入り込んでくる。叔母の考えが自然に心に浮かぶ、と言った方が当たっているかもしれない。私にしても、声を出して話しているわけではない。どうやら叔母は、こちらの考えを直に読み取っているらしい。
 ――なにもかもお見通しなんでしょう?
 「まあ、そんなところだね」

ユウレイといった特殊な存在を、想像を逞しくして作り上げていくのは、書き手としては楽しい作業かもしれないが、そうして作り上げた在りようを語るのは、容易ではない。説明を超えようとして、それを会話のなかに織り込むわけだが、それでも、どうにも説明的に見えてしまうのが残念だ。

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2008/09/24

くたばれ忠臣蔵―逆井三三

季刊 遠近第35号の「くたばれ忠臣蔵」という小説を読んだ。

逆井三三さんといえば、柳生十兵衛を主人公にした小説を書いていたこともあり、その際にも、社会的な存在としての武士の、その存在価値や窮屈さに疑問をもつ、いわば、社会性の問題としての自己存在に取り組んでいたというのが、印象であり、それはとりもなおさず、高度成長を生き抜き支えてきた企業戦士・団塊世代が、今の個人主義の時代の中で、自己を見つめ直す仕草のようにも見えていた。
戦国時代という苛酷だけど、武士が武士であることのみに意味を見いだし得た時代が終わったのちの世としての徳川治世であり、そのとき、宮本武蔵といった存在も、三三さんの創作を刺激するのではないかと思ったが、今回の創作で取り上げられたのは、大石内蔵助である。

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2008/09/16

お礼状届く

すでに一昨年のこの記事について、作者の河村陽子さん(「季刊 遠近」同人)から、便箋4枚にわたるお礼状が届いた。恐縮だが、凄く感謝されてしまっている。同人の北大井さんがコピーをお渡ししたと言うことだから、北大井さんへの義理もあるだろうけれど、私のことなど、無視するのは簡単だから、やはり本当に喜んでもらえたのだろう。
こちらこそ、ありがとうございます。

こうしたことがあると、やはり記事を書くことに、私なりの意味を見いだしてしまう。

ふと、河村さんのお手紙の末尾にふられた日づけを見ると、おや? 九月七日とある。ご丁寧で達筆のお手紙をしたためられて、しかしそれから投函に至るまでには、躊躇いもあったのだろう。なにせ、一昨年のことだからなぁ。それでも意を決して投函、私の許にお気持ちを届けてくださったわけだ。感激だ。

あいにくと河村さんのお名まえは、その目次にないが、「季刊 遠近」35号を開いてみよう。

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2008/09/10

「季刊 遠近」第35号拝受

Enkin35 本日、「季刊 遠近」第35号が拙宅に届いた。小説が4本と、「サンゾー書評」に、コラムが2本。

文學界」の「同人雑誌評」終了が今年の12月号限りで、その〆切が今月の20日だから、今、同人誌は駆け込み発行が相次いでいると考えられる。例年秋から冬あたりに発行していた同人誌が、この〆切に照準を絞って、最後の「同人雑誌評」に華を添えようとしている。「胡壷・KOKO」誌の第7号もそろそろ完成すると聞いている。

競争率が高そう・・・(゚ー゚;

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2008/06/23

繭ごもり―藤野秀樹

季刊 遠近第34号に掲載されている、藤野秀樹さん作「繭ごもり」が面白い。8Pだから、30枚に満たないと思われる短篇小説だが、「季刊 遠近」誌の方々に共通して見られるきちんとした文章なのに、とりとめのなさを纏っている。

 中国山地のほぼ中央、佐伯隆一の郷里である御岳村には、古くから甘露の実と呼ばれる丸薬が伝わっている。

書き出しだが、具体的な地名とどうやら主人公らしき人物の名が明かされると同時に、しかし、このセンテンスの主格をしめているのは「甘露の実」という薬である。このまま、しばらくは、「甘露の実」の説明にかまける。

 それは山中に自生する背の低い常緑樹から、秋に採れるナツメに似た赤い実の種を抜いて干したもので、小豆ほどの丸薬に練り固めてあり、口に含めばかすかに苦い。飲み下さず口の中で転がしていると次第に苦味が薄れてくるが、軽く噛めば再び苦みが口中に広がる。二時間ほどして苦みの消えた丸薬は、飲むと腹の通じが悪くなると言われ、地面へ吐き出すのが作法だ。
 甘露の実には苦痛を和らげ疲労を消す効果があるという者もいる。確かに一日中丸薬を口に含んでいると、舌先が痺れうつらうつらした気分になってくる。別に心地よい訳でもなく何か薬効があるとも思えないが、単調な山仕事の合間、丸薬を舐めていると気が紛れる。暑さ寒さを忘れ、細かいことが気にならない。
 ただ難点は唾液が赤く染まることで、半日もすると口中はもとより唇まで紅を刷いたようになる。村人は気にも止めないが、他所から来た者には無骨な男が唇を赤く染めた姿は異様に見える。しかし、枝払いや伐採など、きつい山仕事には甘露の実は欠かせない。

「甘露の実」にかまけるばかりのようで、だが、ここでは、ほんのすこしずつなにかがズレている。まず、甘くもなく苦いばかりだというのに、その名は「甘露の実」と名づけられているし、「者もいる」とはなにごとだろう? 違うという者もいるようではないか。「うつらうつらした気分にな」りながら、「心地よい訳でもな」いという。心地よくもなく薬効も認めにくいけれど、なるほど気が紛れる、というなら、それはそれでわかるが、「うつらうつらした気分」はどうなってしまうのだろう・・・。
そして、「無骨な男」とは誰のことを言うのだろう? 村人のだれもが親しんだ薬だから、そのなかには無骨な男もいるではあるだろうし、山仕事の男が多い村のことなら、なおのこと無骨に見える男が多いだろうが、それにしてはこの書きぶりは、具体的なだれかのことのように見える。

「甘露の実」をよく知るらしい語り手は、さきに佐伯隆一に寄り添っているのだろう。だから、佐伯隆一が「甘露の実」を読者たちに教えているようにも見える。

 その黒ずんだ丸薬のことを、眼科の待合室で佐伯はふと思い出した。
 夕暮れ時に山から戻って来る父は、汚れた顔に唇だけ赤く染め、半ば放心したような穏やかな目つきをしていた。寒風に粉雪の舞う冬も、汗まみれの躰に薮蚊がわんわん羽音を立てて群がる夏も、父は泰然として一言も愚痴を漏らさなかった。決して運命に逆らうことのない家畜のように従順な父の境地は、あの実によって得られたものではないのか。

そう、唇を赤く染めた無骨な男とは、佐伯の父に相違ない。そして、その男をただ「父」と呼ぶなら、語り手は佐伯そのひとであろう。
・・・ところが、そうではない。「者もいる」というとおり、語り手は、やはり佐伯とは別のものなのだ。「甘露の実」の薬効を信じない語り手がいる。と同時に、佐伯が「甘露の実」を思い出したとき、語り手は、無骨な男を「父」と呼ぶ存在、すなわち佐伯になる。直近の引用の最初のセンテンスが、段落にまでなって孤立しているのは、「その」という指示代名詞が佐伯ならざる語り手を示唆し、佐伯という名まえを主語としているが、「思い出した」という能動的な述語によって、語り手を摩り替えてしまった。
ひとりに人物(佐伯)にすっかり寄り添う三人称のようでありながら、じつは微妙な距離を保った三人称なのだと言える。これを語りの場の不安定な乖離と言うこともできなくはないだろう。例えば、

 佐伯は今年三十六歳になる。
 村を離れて十八年の歳月が流れた。両親が亡くなり、家を継いだ叔父も亡くなり、今では叔母と従妹の二人しか血縁がいなくなった。すでに郷里との繋がりが途絶えて久しい。

この文章は、現状における佐伯と御岳村の繋がりを説明しているわけだが、佐伯が今「甘露の実」を思い出しているならば、佐伯の独語としてこれが語られたとしても、なんの不都合もなかったはずである。ところが、「佐伯は今年三十六歳になる」と語ってしまったことで、もう語り手は佐伯足り得なくなってしまった。なぜこうした乖離が起きたのか? 佐伯はそれどころではないのだ。

 ソファーに腰を降ろした佐伯は、顔の左半分が硬直し、激しく痛むのをじっとこらえていた。眼窩の周囲が熱を帯び、瞼が腫れぼったく塞がりかけている。時折、瞼がひくひくと痙攣した。

最後のセンテンスが、語り手と佐伯の距離を象徴している。

 ゆっくりとソファーから立ち上がり、診察室の白い扉を開けて中に入ろうとした佐伯は、突然、躰を貫く激しい痛みに襲われ身動きができなくなった。このままでは、ドアノブを握り締めたまま、いつまでもここに立ちつくすことになるかもしれない。
 出直してこようかと迷った。どうせ、医者からお座なりの質問をされ、適当な処方箋を受け取るだけだ。アパートに帰って寝ていれば、この痛みも治るかもしれない。

前の段落が、まだ「佐伯」といいながら、それでもその段落の最後のセンテンスはすでに佐伯の独語に見えると、続く段落ではすべてのセンテンスが、すっかり佐伯の独語の様相である。

物語を先に進めるなら、佐伯は既に現れている叔母から従妹と見合いをしろと言われていて、眼科を出て仕事を早退し自室に帰ってみると、ちょうど叔母からの留守電を聞く。そこでにわかに、「甘露の実」があればこの目の痛みもとれるのではないか、と思い立った佐伯はにわかに郷里へ発つのだ。

と、見てみれば、やはり語り手と佐伯は明らかに乖離している。語り手は「甘露の実」の薬効を信じていなかったのだから。
三人称を選択するなら、こうした主人公を客観視する距離があってしかるべきではないだろうか? だが、この小説は距離を置くばかりでもない。むしろ語り手は、次第にすっかり佐伯に寄り添っていく。そして、ここからこそ、この小説は面白くなっていく。

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2008/06/18

新着同人誌による「木曜日」23号評

Enkin34 出かけていたのだけれど、帰ってみたら、「季刊 遠近」第34号が届いていた。難波田さん、ありがとうございます。9本の小説と、そして巻末には、逆井三三さんの「サンゾー書評」が掲載されている。あれっ? 評価らしいM・G・E・H・Uがわからない・・・。
ここでは、「木曜日23号掲載作が取り上げられている。記録として、転写させていただきます。

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2008/04/13

同人雑誌評を巡って―そして入稿

Bungakukai0805胡壷・KOKO6号に掲載されていたひわきゆりこさんの「象のテラス」が、「文學界」の「同人雑誌評」に取り上げられたのは、3月号だった。評者は松本徹氏。ところが、今月発売の5月号で、大河内昭爾氏が再度取り上げて、あまつさえベスト5に選んでいる。とても面白い出来事だと思う。
もちろんそれは「象のテラス」がある水準に達しているから相成ったわけだが、そうした水準を超えたところでは、もう評者の好みの話なのであり、「ベスト」などと言いつつも、優劣と言いうる絶対的な批評などない、と暴露したことになるだろう。じつをいえばそんなことは言うまでもない、とも言えるが、「ベスト」と言い、半年に一度「同人雑誌優秀作」を選出している同人雑誌評の評者のなかでもリーダー格にある大河内氏が、改めて、同人雑誌評という場で、そうした優劣の在りようを示したことには驚きさえ感じられる。まして、その書き振りが面白い。

 ひわきゆりこの作品は前から感性の良さを感じている。つまり文章のリズムが好きなのである。三月号で松本徹氏が取り上げているが改めて論じたい。「象のテラス」(「胡壷」6号、福岡市)にも自然体のゆとりを感じる。とりとめのない話の運びなのに魅力があって、私のぼんやりした気分に逆らわない。・・・以下略

「感性の良さを感じ」ると言いながら、「好きなのである」と書き、それはまるで、普遍的な「感性の良さ」を否定し、あくまで大河内氏の基準に沿う「感性の良さ」に還元してしまう。あまつさえ「私の・・・気分に逆らわない」からこの小説は優れている、というわけだ。ここには、ひわきさんの「感性の良さ」を看取できなかった松本徹氏にたいする遠慮が見えるようでもあるが、そうした遠慮がちな口振さえ、批評の普遍性、作品優劣の絶対的な普遍性の否定が、批評者自らによって吐露されてしまった結果なのだといえよう。

こんなことをしてしまったからには、この際ベスト5とか同人雑誌優秀作なんてことは止めてしまうのが妥当ではないか? とさえ思えてくる。自らの同人誌評とのかかわりを巡って三十余年を振り返り、昭和60年当時にはかろうじて認められた文学界による同人誌への期待が、懸賞(新人賞)制度の確立によって今やすっかり失われたことを認識するらしい今回の書き出しを見ても、そう思う。
「同人雑誌評」を継続するなかで、これと思う書き手には、「文學界」は無理でも、「季刊 文科」にでも精力的に書かせればよいのではないだろうか? まぁ、今でも例えば玄月といった書き手を輩出しているといった自負があるのだろうし、「季刊 文科」にそうした作家輩出ができないこともわかっている、ということなのだろう。

ともあれ、ひわきさん、ベスト5おめでとうございます。
なんだかんだいっても、やっぱり嬉しいですよね。私も嬉しかったですもの。まして今回は、こうした経緯があったのだから、まさに僥倖。喜んで当然だと思います。

ちなみに、今回の「同人雑誌評」では、「季刊 遠近33号掲載難波田節子さんの「ハンモックのある庭」も取り上げられている。

今回、自宅就労という閉じ籠り生活をしていたら、7日に7日であることに気づかず、「文學界」」の発売日を逃してしまった。
ところが、大宮のルミネに入っていた書店が潰れ、ヴィレッジ・ヴァンガードになってしまい、大ターミナル駅であるはずの大宮でさえ、「文學界」を入荷する書店は、駅構内ecuteのリブロかロフト内のジュンク堂しかなくなってしまった(ちなみに、ロフトの中にもヴィレッジ・ヴァンガードがある。ヴィレッジ・ヴァンガードが嫌いではないが・・・)。あげくが、どちらも入荷数がすくないらしく、発売日を逃したら、とたんに品切れだった。結果、新宿まで足を伸ばしたときにようやく手に入れられたというわけ。こんな僥倖が起きたときにかぎって・・・。
Gunzo0805 それで、文芸誌を眺めていたら、「群像」が第二回の大江健三郎賞を発表しているというし、さらに新人賞の予選通過者のなかにH.F.さんのお名まえがあるというので、手にとってみると、なんと円城塔が新作小説を書いて巻頭を飾っているではないか。というわけで、思わず購入した。
円城塔の新作「烏有此譚」は、冒頭部分を覗いたが、どちらかというと、「つぎの著者につづく」より「オブ・ザ・ベースボール」の系譜のようで、いやはや・・・、また退屈のようだ。とはいえ、まだまだ冒頭部分しか読んでいない。
H.F.さん、おめでとうございます。一次通過だって嬉しいですよ。私も昔の「早稲田文学」でしたが、一次を通ったときには、思わず「早稲田文学」を買ってしまいました。まして、とりわけ競争率が高いという「群像」ですから、充分誇っていいでしょう。

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2008/03/26

第25回日本文芸大賞授賞式と祝賀会

先日の日曜日、日本文芸振興会というところが開く、第25回日本文芸大賞授賞式と祝賀会なるものに、難波田節子さんのご招待で、出席してきたので、レポートなどしようかな、と思ったら、昨日は一日中ココログがメンテナンスだった。なので、気力がなくなり、簡単にすませる。

Alabianosiroibara なにより、難波田さん、「晩秋の客」の小説功労賞ご受賞、おめでとうございました。そして、ご著書「アラビアの白い薔薇―小説シェバの女王―」をありがとうございました。300P超の大部。「季刊 遠近」29号に掲載されていた「アラビアの白い薔薇」とは明らかに違うようだ。

なお、受賞者は9人に及んだ。茂木健一郎氏小山明子氏石井和子氏、といった有名人たちもおられ、ことに小山明子さんは、華を添えておられた。だけど、9人の受賞者の受賞式典は、やはり長い。煙草は喫えず、痛み出す胃に脂汗を流しながら堪えた。
受賞の言葉で面白かったのは、よりによって元TBSアナウンサーで気象予報士石井和子氏が誰よりも緊張して、しどろもどろになっていたことだろうか。

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2008/03/16

ハンモックのある庭―難波田節子

正直に言えば、難波田さんの「晩秋の客」の日本文芸振興会による日本文芸大賞小説功労賞受賞によって、来週の日本文芸大賞授賞式及び祝賀会に、難波田さんからお招きをいただいたから、その場で読んでいないというのも申し訳ないと思い、ようするに義理絡みで読みはじめたのだった。

ところが、素直に、面白く、感動してしまった。終盤には、涙ぐんでしまった。

季刊 遠近第33号掲載、難波田節子さんの「ハンモックのある庭」だ。
だけど、困ったことに言うべきことが見あたらない。なにより私小説のように、「私」の一人称で書かれた小説であり、事件は絶えず起きているが、その事件というのが、まったくといっていいほどありきたりな出来事に過ぎず、驚くべきことはなにひとつ起こらない。そのあたりが、あたかも私小説のように読めるのだが、しかし、私はしっている。難波田さんはイギリスに住んでいるわけでもないし、ご主人はイギリス人ではない。
とはいえ、難波田さんのさきの小説「晩秋の客」にも、イギリス人と結婚してかの国に住む登場人物があったことを思い合わせてみると、もしかしたら、難波田さんには、そうした友人があるとか、あるいはイギリスにお住まいになった経験があるのではないか、と思わないでもない。しかし、そんなことはどうでもいい。これは小説である。創作なのだ。

物語を見ると、まったくのんびりとしたものだ。
留学先のイギリスでイギリス人と結婚した「私(カオリ)」が、釣り好きの夫の希望で老人ばかりのイギリスでも片田舎に住み、主に教会をつうじてその町に住む老人たちと交流していく、それだけの話といってしまってもいい。老人たちだから、先の大戦の記憶が生きてもいる。ビルマ鉄道の悲劇もある。それだけに、やはり大戦によってなにかを蒙ったらしいアーサートン氏のそのなにかが語られず、それは物語のなかでサスペンスになるようでありながら、そうした物語のご都合に合わせもしない。創作された物語なら、思わず決着をつける身振りで書きたくなるところだと思えるのに、難波田さんはそれをいともあっさりと放り出す。「私」にとっても、アーサートン氏にとっても、まして「私」とアーサートン氏の関係にとっても、それは触れるべきではない話題なのだ。そして、「私」の一人称であれば、アーサートン氏の過去は、語られないかぎりしり得ない。たがいの関係を大切に思う彼らは、それを捨てる。これが現実というものだろう。
このときに難波田さんが凝らす時間の使いかたも、なんとも不思議だ。越してきた家は、水捌けが悪いが、夫のマイケルが水捌けの良い土を引いたり、最終的には、二ヶ月もかかって治水工事もされる。水捌けにかぎらず、そうした環境が整っていく過程が、なんとも時系列を欠いたさりげなさで語られていくのだ。だけではない。タイトルに明らかなとおり、この小説は庭作りの物語でもある。畢竟、そうした水捌けがなされたことが意味をもってくるのだ。

そう、上に物語的なご都合を排した私小説的な現実感といいながら、ここには、仕掛けられたものが少なくない。

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2008/02/09

「季刊 遠近」33号拝受

Enkin ようやく帰宅してみたら、拙宅に「季刊 遠近」誌の第33号が届いていた。ありがとうございます。6人の同人の方々が小説作品を寄せておられる。ちょっとさみしいのが、「サンゾー書評」がなくなってしまったこと。でも、そのかわり、逆井三三さんは小説を書いておられる。

また、送ってくださった難波田節子さんのお手紙によると、難波田さんの「晩秋の客」が、文芸振興会による文芸大賞の小説功労賞を受賞されたという。おめでとうございます。私小説だといわれれば、「なるほど」と言ってしまいそうなリアリティを孕んだ市井のひとの物語は、だけど難波田さんのイタコのような憑依を招き寄せる創造力のなせる業だ。それは、例えば、「太陽が眠る刻」(PDF)を読めばわかるだろう。ともあれ、おめでとうございます。
授賞式にお招きまでされてしまった。どうしたものか・・・。私なんかがそんな晴れがましい席に出ていいものやら、かなり迷う。ちょうど〆切直前のことだし・・・。

なお、「季刊 遠近」33号では、北大井卓午さんがオオトリをつとめておられる。タイトルは「手賀沼は本当にきれいになったか」。北大井さんは、社会派として、ご自身の文学の方向を見いだされたようにお見受けする。こうした文学の在りようも、あるのだ。まったく文学って多様。だから、面白い。

さらに、「読書人」第2725号の「文芸同人誌評」(白川正芳)によると、「婦人文芸」84号掲載の陶山竜子さん「知っている」が第四回森田雄蔵賞を受賞したという。正直にいうと、残念ながら「婦人文芸」誌さんに触れたこともないし、私には文芸振興会という団体の実態もわからず、森田雄蔵賞はおろか森田雄蔵というひともしらないのだが、同人誌掲載の小説が取り沙汰されるというのは、やはり喜んでおきたい。

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2007/10/05

拝受

本日、2007年10月5日は、我が父の喜寿の誕生日なのだ。
だけど、不肖の息子はなにもしてあげられない。なんとも不甲斐ない。
今朝方、ようやく夜が明けた頃に・・・、おっと、余計なことを書きそうになった。やめておこう。

Enkin32そして、そんな日だというのに、夜も遅くなってから帰宅すると、左の本が届いていた。遠近の会のみなみなさまありがとうございます。じっくり拝読します。

読みかけの本は、例の如くあるが、読了した本がない。ところで、空いていた9/30の日付を埋めてしまったのは、一昨日。

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2007/05/19

「木曜日」23号が早速

木曜日23号が早速、「文芸同志会通信」の作品紹介に載っている。期せずして「季刊 遠近」さんの31号と並んだ。これから追々他も取り上げてくれるかもしれない。などと書いて、強要してはいけない。とにかく、「木曜日」23号の2作品を取り上げた記事がここで、「季刊 遠近」さん31号の2作品がここ
さらに、上を書いた後に鶴樹氏は追記され、「照葉樹」さん3号の1作も記事になっている。ここ

また、「照葉樹」のryoさんから、コメント欄に感想をいただいたが、同様の内容が、その談話室(BBS)でも書かれているし、ryoさんのブログでは「木曜日」23号をkairouさんの記事とともに紹介してくれている。

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2007/05/05

「故郷物語」より 穴―木野和子

近頃ろくに家に寄りつかず、無茶な生活をしていたら、昨日(5日)は昼過ぎに睡魔に襲われ、そのまま泥になって眠り続けてしまった。なので、またまたズルをして6日になってから5日の記事を書いている。といっても、じつは4日夜にカードの依頼が2つもあったので、今日はそちらを進めなければ・・・。すでに2案を隠れブログにUPしてプレゼン中ではあるが。
そういえば、先日カプセルホテルで入浴後、ひさしぶりに体重計に乗ってみたら、50.1㌔! そ、それはヤバイ。下がっても52くらいだと思っていたのに、そこまで落ちていたとは・・・。

さて、「穴」は「季刊 遠近31号掲載作だ。面白い話なのだけれど・・・。
物語は元判事の隠居がボケてしまった妻と共に暮らす二千坪のお屋敷に、「賄い女」として知恵遅れの娘・小百合と共に住み込んだトヨノだが、やがて奥さまは死に、その後釜に小百合が座ることになる。もちろんその過程が小説なのだし、そこには些細な出来事が積み重ねられてこそ、老人と知恵遅れの娘の結婚という結果にも達するわけで、この小説もちゃんとそうした些細な出来事を積み重ねている。出来事だけが書かれているといってもいい。それはとても好感をもてるのだが、いかんせん、出来事がバラバラの感があり、散漫に思える。
「ご隠居」「絹子奥さま」といった言葉遣いが語りの場をトヨノに寄り添わせ、小百合と隠居の関係にも気づき得ないにもかかわらず、そこに至る過程で、トヨノが希薄なのだ。三人称のゆえに語り部としても希薄なら、物語上の人物としても希薄。するとおよそ物語の主軸は小百合にあろうかと思われるが、それはそれで、今度はトヨノの存在が五月蝿い。トヨノはオリュウノオバにはなれなかったなぁ・・・、という印象だ。
知恵遅れの小百合になにかを教えられるトヨノ、という構図も、凡庸ではあれ、けして悪くはないのだが、やはり文章だろうか、なにか足りない。

 日頃、仏前の供物にしろ、墓参にしろ、屋敷のそれを真っ先にする。この屋敷での盆は初めてだが、夕方、輪島塗の供物御膳一式に丁寧に精進料理を盛り付け、仏前に供えて叩いた鉦が五つ、自分家の粗末な供物御膳にも丁寧に盛り付け、叩いた鉦が三つ、鉦の数まで差があるのは、借家住まいであった自分が、他人の屋敷に仏壇まで持ち込んだひけ目のためだ。それなのに迂闊であったとトヨノは気が滅入った。日頃のご隠居のさりげない思いやりに何時の間にか馴れっこになり、その思いあがった自分を知恵遅れの娘が蹴飛ばした、と傍で爆ぜる迎え火に奇声をあげる娘の姿を眺めた。

盆の迎え火を焚いて、それは屋敷のものか、自分らのものかと娘に問われたトヨノの感興だが、「トヨノは気が滅入った」と書いてしまうことの窮屈さは、語り手とトヨノの乖離、その距離の取り難さだろうか。こうしたときにこそ、自由間接話法のような方法が活きるだろうし、最後のセンテンスなど「自分」といった曖昧な人称を使って、あたかも自由間接話法に寄り添ってもいる。こうした距離感が、全体の散漫さにつながっているのではないだろうか。

 ある日、飼い始めた鶏の小屋から卵を三個笊に取って出ようとして、雑木林からビニール袋を提げた小百合が出て来るのを見た。いかにも買い物からもどったという風情だ。雑木林のほうの何処にも出入り口はない。門は北の正門と西の裏門の二箇所だけだ。正門はもちろん裏門もほとんど開かずの門である。不思議に思ったトヨノが声をかけた。すると、いきなり小百合が駆け出した。小脇に抱え込んだビニール袋から転げ出たのは三個のりんごとグリコの飴箱だ。トヨノはぐんぐん雑木林に入って行った。竹林の後ろの、レンガ塀に穴を見つけた。人間一人が漸く潜れるほどの穴だ。百年は経っている古びた背の高いレンガ塀に傷ほどの穴が開いたとして、大きくなるのは造作ない。向こう側は板塀と路地。路地は川縁の石垣で行き止まりだ。掛け梯子を伝って川原に降りる餓鬼どもが、通りすがりの屋敷の雑木林に目をつけて不思議ではない。柿にミカンに桃、梨、栗などなりものの宝庫だ。穴を穿ち、穴を潜る子どもたちに小百合が出くわしたのかも知れない。穴が密かな小百合の出入り口になった時、茶摘みの老女たちが小百合のぷくりの腹に気付いたのであったろう。というのも転げ出たすっぱいリンゴを、茶摘みの仲間が腹の子にくれたと娘は言ったのだ。娘の一連の傍若無人の行為行動が、壊れた脳ゆえの邪気のないせいなのか、それともずる賢い振舞いなのか、と今更戸惑わねばならないトヨノの溜息は深い。ご隠居のもとに忍ぶ姿をどう考えたらいいのかが分からない。ふと思う、足音に気付いていて素知らぬ振りを決め込んだ自分であったのかも知れないと。男を知らない娘が不憫であったトヨノが、そう考え始めると、夢の中に忍ぶ足音が聞こえてはっと目覚めたりもした。ずるいのはひょっとして自分の方かも知れなかった。境界がぼやけて何処かにあるはずの真実が見えない。生まれる赤子が自分の孫であるという、こればかりが思いがけない真実であった。

終わりに近いこの段落のまとまりのなさこそ、むしろ語り手とトヨノが一体化したように見えなくもない。むしろ、トヨノが知らなかった穴を見つけ、それがタイトルにさえなるなら、はたして腹の子は本当に隠居の子だろうか、と疑ってもいいのではないだろうか。娘が男をしらないと思い込むのはじつのところトヨノの勝手ではなかったろうか。読むものにそうした疑いさえ想像させるこの段落は、だからこそ、語り手がトヨノと離れがたくあり、三人称の語り手が、トヨノがしらないことまでも見ている存在ではないことをことさらに示しているようにさえ思えるのだ。そして、この距離感が当初より保たれていたなら、トヨノの驚きが語りの驚きにもなり、読み手の驚き足りえたと思われる。
「故郷物語」という連作のスタイルにこだわるあまり三人称を選択しているようだが、一人称で書いていれば、そうした乖離は生まれなかっただろう。

じつは、三人称は、簡単ではないのだ。いや、三人称で書くことはそれほど難しくないが、それでもなお語っている(書いている)存在があるのだから、その事実にたいしていかに意識的でありえるか、それが問題だ。存在を消す、メタ・フィクションになる、そしてその中間領域で書く、いずれにせよ、書くとはその選択ののちにあることを意識しなければならないはずだ。書き手は、小説のなかでそれを明確にする必要はないにせよ、その言葉を語っているのが誰(何)なのか、いつどこでだれが語りつつあるのか、意識的であるべきではないだろうか。いつでもなく、どこでもなく、だれでもない語りの場を創造したいという欲求はあるが、非常に困難に思えるそうした欲求もふくめて、意識的であるべきだと思う。

すくなくともこの小説を読んだとき、そうしたことに無頓着な印象を受けてしまった。

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2007/04/29

茶の間の柱時計―難波田節子

下町散策には、この記事を書いてから出掛けよう。

先日拝受の「季刊 遠近31号で巻頭を飾る難波田節子さんの「茶の間の柱時計」を読んだ。

やはり上手い。どうにも、上手い。例えば、書き出しはこうだ。

 ほとんど一週間降り続いた雨が今朝になって上がり、ようやく薄日が射して来た。猫の額ほどの狭い庭だが、生前姑が植えた小手鞠が、すんなり伸びた枝に花を咲かせ始めた。瑞々しい真っ白な花が新鮮な光を吸って輝いて見える。
 天気予報によれば、今日から四日ほど梅雨の中休みだそうである。芳子は雨滴がしたたる竿を拭き、鬱陶しく縁側に吊してあった洗濯物を外に出した。
 「散歩に出ても大丈夫かな」

はじめの段落は、描写に寄りかかって、いかにも「文学的」な書き出しではある。しかし、続く段落の「雨滴がしたたる竿を拭き」という文節で、イメージにさりげない動きを与える。このとき、三人称でありながら、その直前の「だそうである」といった語尾も怪しげに、語りの場が、「芳子」に寄り添う。すると、「散歩に出ても大丈夫かな」という科白に、ふいを衝かれるというほどではないにせよ、ふいの声を聞くのは、芳子であるとともに、読み手でもある。それは、語りの場が芳子に寄り添うさまのさりげなさによって、読み手までがいとも容易く芳子に同化している証左といえよう。
そして、この達意の技は、人物造形でも遺憾ない。
物語をザッと紹介すると、京都に住む義理の兄が上京するので、一晩泊めることになり、帰りの遅い夫を待つ間、舅とともにその相手をするだけの話である。「だけの話」などといっても、もちろんそこには先の科白の主である舅の在りようや、義理の兄との因縁というほどではないやり取りなどが織り交ぜられるし、そしてなにより、その人物造形の巧みさと、ましてそれが物語さえも侵してくる様は感嘆するしかない。
すなわち、健康に潔癖な舅の唯一の欠点、食の早さや、時間感覚の鈍化を呆けの兆候と恐れて、絶えず時間を気にする様。かつて頭が良く、いじめられた反動で、人を蹴落としても出世しようとし、かつ女癖も悪い、なんとも嫌味な義兄。するとこのふたりはプライドの高さで似通いそうでありながら、個性の強いふたりならなおのこと、舅と娘婿の関係はそれはそれで一筋縄ではいかない。

このとき、芳子以外の女性が一切物語の表面に姿を見せないことが気になる。まして、なんとも個性の強い男に挟まれた芳子は、それが一人称にも見紛うばかりの書き様のゆえもあり、なんとも性格が薄く見える。女の影があまりに薄いのだ。すると、この小説は、男を描いた小説なのだろうか? そう、上手いといいながら、焦点が見えない点も気になる。いや、だからこそ、面白く読めたようにも思っているのだが、それはひねくれものの私の感じ方で、何が書きたいのかわからない、といわれそうな気がしないでもない。
それでも、説明を必要とする上のような個性をそつなく書き込みながら、それもまた出来事のなかで処理していく手振りは見事だし、それらの個性がついに物語を揺さぶる様は痛快だ。

 その時である。ガラッと襖が開いたかと思うと、茶の間の敷居に為吉が立った。浴衣の前がはだけて、ぷっくりした腹が出ている。
 「あら、お義父さん。どうなさいました?」
 芳子は思わず腰を浮かせた。
 「今日は六月十一日だよね、芳子さん」
 「そうですよ。もうあと一時間と少しで十二日になりますけど」
 「そうだ。六月十二日だ。その日がいつも晴れていると決まったわけじゃないけれども、あの年は確かよく晴れていた。星空だった」
 「いつのことですの? それ」
 「昭和三十年六月十二日だ。午前三時五十七分。あと五時間くらいだ」
 芳子は敏夫と顔を見合わせた。それが何の日だったのか、芳子には一向にわからない。何しろ芳子が生まれる十四年も前のことだ。
 「何があったんですか? その日に」
 「裕子が生まれたんだ。三千二百グラム。立派な子だと言って、産科医がほめておった。もうあと五時間で、わたしが初めて父親になった時間だ」

とりわけ、舅の為吉が、時間を気にしていることをしっている読者にとって、ついに寝付いてしまった舅が突然起き出す上の引用部など、痛快至極だと思う。そう、ボケていないのか、ボケているのか、にわかには判断に困るような場面ではないだろうか。そう、その気配が低い音程で流れている。あからさまにされぬまま、やはり邪魔な存在である。ところが、芳子の夫康介がすでに五十歳であることを、為吉は出世の遅れとして責めると敏夫は庇いながら、為吉が寝込むと、今度は男性として芳子を満足させられない年齢ではないか、と敏夫が康介の年齢を言う仕草にも、先にも書いたとおり、四十歳という若さで校長になった為吉と学会で大御所医師をやりこめるのだという医師の敏夫はやはり似ているのだ。家庭を顧みなかった為吉と、外に女を作る敏夫。自分の思ったとおりのことをする意志の強さを見せるふたり。すると、為吉が邪魔な存在であることとは、やはり単に老いたからなのだろうか? この小説を読むと、さりげなく邪魔者である為吉の在りようはとりもなおさず敏夫の将来像に見えてくるし、次男に取られて芳子は電話ですら会話ができなかった、すなわち、声ですら物語のなかに姿を見せなかった夫康介の、そのあまりの存在のなさ、あるいは二階に閉じこもったままで姿を見せない、すでに大人になりかけているはずの長男。これら物語のなかに不在を託った男たちが、なにやら悲しい存在に見えてくる。

翻って、登場し損ねた姉裕子の存在はじつに面白い。弟に慕われる存在だと語り手の地文で処理される説明的部分はちょっと残念だが、それこそが、康介の不在を際立たせるだろう。であれば、説明で処理することこそ、要諦だったともいえるかもしれない。

終わり方も良い。私は再三「上手い」という言葉に否定的なニュアンスを込めてきたのだから、ここは上手いとは書くまい。夫・康介の律儀な性格が表れている。すると、奔放にして、家庭を無視するような上のふたりとの差異が表れる。もちろん、芳子が苦手だという義兄の来訪時に、帰宅が遅いというのは、あたかも妻をないがしろにしているようでもあるが、仕事と家庭の両方に対して律儀であろうとすれば、せめて約束は守る。前半で告げられる約束が、最後の最後で果たされる。またそれが、時間を気にかける舅の時計、タイトルにもなる柱時計によって告げられる。

お芝居にもなりそうな、一場の小説だけに、義姉や夫、息子たち、あるいはすでに亡くなっている姑など広がりのための回路ばかりで、実際には広がっていかない点には、物足りなさが残るものの、一場の小説としては、本当に上手い小説だと思った。ただし、面白かった、というまえに、上手かったと思ってしまう。面白くなかったわけではないのだが、それより先に上手い、と思ってしまう。妙な難癖のつけ方だが、やはり上手い小説より、なにより面白い小説を読みたいのだよなぁ。広がり損ねた部分を見ると、連作にもなりそうで、それはそれでありかもしれないが、これほどの筆力なら、難波田さんはもっともっと冒険ができる人だと思えるので、読者としても欲が出て、もっと! と言いたくなってしまう。
難波田さんが書く物語が読みたいなぁ・・・。

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2007/04/27

「季刊 遠近」31号受贈

Enkin31季刊 遠近」31号が届いた。ありがとうございます。

もちろん今号でも、逆井三三さんが「サンゾー書評」を展開されている。取り上げている雑誌は、9誌におよび、今回は、「文藝春秋」と「オール讀物」掲載作からもいくつか作品を取り上げているが、あいかわらず、5点満点を取得した作品はなく、逆に1点という最低点もない。う~むむ、点数をつけるからには、もっと豪胆になるべきでは・・・。

小説作品については、追って読んでいこうと思う。

不思議だ・・・。今号の「季刊 遠近」さんは、緑系の色遣いなのに、UPした画像はどうにも青にしか見えない。これは私のPCの具合なのだろうか? ほかのPCで見れば緑色に見えるのだろうか? 以前のPCと見比べてみると、どうやら全体的に色目が淡いようだ。調整の仕方がわからない・・・。

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2007/01/30

中沢けいさんが難波田節子さんを

週間 読書人」のサイトを見てみたら、「文芸同人誌評」はなかったけれど、中沢けいさんが、難波田節子さんの「晩秋の秋」について、書評を寄せておられるようだったので、買ってきた。

すると、「晩秋の客」については触れておらず、ほかの作品について書いておられた。とりわけ「冬の雌蘂」が「一番、印象的だった」という。そうか、「晩秋の客」が表題で巻頭だからといって、それだけで読んだつもりになってはいけなかったようだ。じつは「晩秋の客」の次が「星の声」で、これは「季刊 遠近」さん掲載時に読んでいたものだから、つい手がとまっていたのだ。手直しされていると聞いてもいたのに・・・。反省。執筆がひと段落したら、読みすすめよう。

しかし、この記事で難波田さんのお歳をしってしまったのだが、古希を過ぎておられる。なんという健筆であろう、などといったら、古希を超えた方々にむしろ失礼かな・・・。それでも、ほぼおなじくらいの年齢の父をもつ身としては、すなおに敬意を表したい。

というわけで、もないが、「お世話になってます」と「愛読してます」を更新。

創作具合は、一日一枚分ぐらいずつだけれど、着実に進んでいる。予定の1/3くらいに達したつもり。ようするに、10枚分くらい。

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2006/12/07

「木曜日」22号の同人誌評2

先日の記事に書いたとおり、「季刊遠近」のサンゾー書評に「木曜日22号が取り上げられたことだし、10/26の記事同様、全文転載してしまおうと思う。さらについでというわけでもないが、もっとも早く「木曜日」22号を記事にしてくれたのが、当時はまだペーパーを発行していた「文芸まるかじり」2006年6月号だったわけで、この際こちらも「木曜日」に触れた記事を丸写しさせてもらう。
なお、明らかな誤字等は勝手に訂正。

『文芸まるかじり』2006年6月号「同人誌・単行本・小冊子 作品紹介」伊藤鶴樹氏筆
同人誌 「木曜日」22号(東京都)発行日=060510
【「フリーウェイ・ドライブ」井上雅弘】若い夫妻のハワイ旅行記。語り手は夫の「私」で、洒脱で味のある話術を持っている。英語は妻がよく勉強していて、私はNOVAに通っているふりをしながら、通っていなかったらしく、すこぶる不自由である。着いた途端に、風邪気味になったり、ホテルの応対をユーモラスに語るなかで、違和感の導入部とする。そして、左ハンドルのレンタカーで右側通行の違和感を伝える。事細かく記憶があるらしく、面白く読めた。妻のことを気にせずに、フリーウェイの異邦人的感覚の表現に集中してあるのが効果的。もし、あるのなら続編を期待したい。
【「道行」坪倉亜矢】暢子は母の認知症が日増しに進行するなかで、パリで絵描きをしている兄のところに、母親を合わせに行く。ところが、兄の方は、再婚したフランス人の妻や、個展のことに気をとられ、母親の認知症の重大さや、妹の苦労をよく理解できないでいる。この母娘のとぼとぼした心情の旅を「道行」と表現する。介護への苦労の無理解が暢子の心を傷つけ、孤立感が自然に伝わる。周囲の人間を冷静に描き、彼らが普通人であり、非人間的な訳でない事情も素直に表現されている。パリの風物紹介も面白く、そこが東京だと思い込んでいる母親もユーモラス。人物の居場所と存在感がきちんと描かれているのが、好ましい。
「すべてはこの夜に」没法子主人公は、家庭をもつビジネスマン。「救国戦線」というホームページがあって、そこでは戦争中のプロパガンダが流されているというから、近未来小説スタイルか。地球上のどこかで戦争があるというのは、現在でも同じだが、そのなかでサラリーマンの雑駁な生活のなかで、自分の死体をフラッシュバックで目撃するという設定。捉えどころのない情況を捉えたのか、情況を表現したのか、手法に捉えどころがないところがあって不明。
【「首のない桜守」十河順一郎】余命短そうな老いた男が登場し、男の過去に重い意味を持つアキコという女との関係が、幻想的な回想法で語られる。アキコとの関係に深入りし、殺人事件に絡んでしまういきさつが物語として興味をそそって読み応えがある。男の回想が終わると彼は心筋梗塞で倒れて終わる。ただ、文芸的には終章の〈転落〉と〈首のない桜守〉だけで、全体のエキスが表現できているような気がした。
【「肉片柳絮」よこい隆】ゴミ捨て場に女の腕が捨ててあり、美鶴がそれを拾って住まいに持って帰る。彼女はAV女優か風俗の仕事をしているらしい。すでにこの段階で、幻想や妄想の意識内の世界が展開される。その腕がかなえという女性のもので、ネットで知り合った男の仕業らしき話も出てくる。また、仕事仲間の崇子は、アコースティックギターを拾ってくる。美鶴を好いていない明美という女性も登場するが、どれも記号的な存在で現実感を持たない。現代に対するイメージの連想の累積でストーリーや寓意のようなものは、よく判らない。個人的イメージの表現を重視しているらしく、普遍的な意味づけを感じることはなかった。

『季刊 遠近』第30号「サンゾー書評」逆井三三氏筆
木曜日 22号
 没法子「すべてはこの夜に」だからみんな、戦争に行こうよ。ホームページの救国乙女が誘う。へっぽこについて語る女。私はただのサラリーマンだ。会社では上司に媚び、家庭では女房の尻に敷かれている。鹿島と相馬が酒場で映画について話す。携帯には助けを求めるメールが入る。…モザイク的な作りの作品で、けっこう難解だが、この閉塞した空気はなんとなく好き。羨んでばかりいるへっぽことか、戦争を呼びかける少女とかもキャラクターとしてつかえる。(4)
 松浦えりか「育児便り―2―」未熟児を育てる母の記録。…これはそのまま、何も言うことがない。(3)
 菅原英理子「ひとふさの幼い髪」食器会社に勤める主人公がウェイトレスをやらされる。…これもそのままか。スケッチみたいなもの。(3)
 十河順一郎「首のない桜守」男は退職して病気がちになり、老妻と暮らしている。男は部下のアキコと浮気した。男は人妻となったアキコと再会する。アキコは夫とうまくいってない。アキコが誤って義弟を殺してしまう。男はアキコを手伝って死体を隠す。男はアキコと深くなるが、やがて別れる。…男という主語が苦しい。こういう人称が生きる素材ではないだろう。ありふれた老人の日常と殺人から死体遺棄の話がミスマッチに感じる。通俗ミステリーとよくある同人誌小説をミックスしたようで、チグハグな印象がある。(3)
 小梢「咲子」咲子は捨猫のアビと暮らしている。咲子は塾の事務員をしている。咲子は母に捨てられ、養母に育てられた。咲子にとって養母の家は自分の居場所ではない。咲子の兄は受験に失敗してぐれて死んだ。塾生の豊が受験に失敗する。咲子は豊に体を許す。…孤独な女の生涯を書いて、けっこう読ませる。ただ、主人公をしなせるのはやり過ぎか。視点の動かし方が少し気になる。(4)
 よこい隆「肉片柳絮」引きこもりの美鶴は男が捨てた片手を拾う。美鶴はライブチャットのバイトをしている。美鶴はパソコン上で男と会う。男は自殺する。…全体が若い女の悪夢みたいな作品で、決して読みやすくはない。ただし、空気は嫌ではない。(3)
 黒田治郎「煙草」散歩の途中で煙草を吸う。女に背中をたたかれる。…日常のかすかな心の揺れを書いた作品だが、短篇としてはやや散漫。(3)
 北川佑「トゥダブリュからの帰還」南太平洋の島にいく。偶然、トゥダブリュ(未確認地底世界)に落ちる。子供の頃の悪がき仲間のホリタカに会う。ホリタカは手段を選ばずの金儲けをしている。ホリタカは「俺が逮捕される前に地上へ戻れ」と言う。ホリタカは政府筋と衝突し逮捕される。…いうまでもなくホリエモン事件を題材にとった寓話だが、現実をなぞり過ぎている。寓意のところで独自性がないと、いまいち読みごたえがない。(3)
 坪倉亜矢「道行」暢子は認知症の始まった母とパリにいく。パリには兄がいる。兄は病気の前妻と子供を暢子に押しつけ、再婚していた。暢子は母を兄に合わせることで、何もしない兄に復讐しようとした。旅はうまくいかない。主人公の兄に対する恨みはわかるけど、非難があまりに一方的。認知症の老人を海外に連れていくというのが、もともと無茶な話。よく描けているけど、共感できない。(3)
 井上雅弘「フリーウェイ・ドライブ」夫婦でハワイに行く。車を借りる。…紀行文までもいかない、こんなことをしましたという話。(?)
 本間良子「楽天家の人々」プロ野球チームを地元に迎えた仙台市民の喜びを綴った散文詩のようなもの。(?)
 桜井智里「交通」ぼくは姉の友達のヤスコとつき合っている。ヤスコは姉の男関係を話す。…主人公は記憶があいまいだと繰り返すが、その通り輪郭がぼやけて、わかりにくい作品だ。主人公の気持ちは少しはわかる。雰囲気はわりあい好き。(3)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

読書人」や「文學界」も含め、読む人によって、小説はこれほど多様な読まれ方をするのだなぁ、という妙な感慨が起きる。
サンゾーさんは遠慮しすぎではないか? 今号には5点をもらった作品が皆無だったが、3点に幅があり過ぎる気がする。1点2点がもっとあってよいのでは?
ちなみに私は、あまりに幅広く扱っているので、点数はつけられない。

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2006/12/05

フーポン信者と日曜学校―河村陽子

30季刊 遠近」第30号・創刊10周年記念特集号を手に取った。記念特集号というだけあり、巻頭には勝又浩氏が寄稿し、小説は12篇にのぼる。さらに、逆井三三氏の「サンゾー書評」もある。それでも総数176ページだから、どれも短い作品。
なお、「サンゾー書評」では、なんと弊誌「木曜日」の22号を取り上げてくださり、あまつさえ、掲載作品のすべてにコメントを書いてくださった。正直、驚いた。感謝である。サンゾーさん、ありがとうございます。

フーポン信者と日曜学校」河村陽子
サラリサラリと思いつくままに書いた、といった気配が気持ちよく読ませる。それこそ随想風だ。

 フーポン信者というのは、日曜日に聖書の埃をフーッと吹きとばしてポンと叩き、それを持って教会に行く信者の事で、つまり家では全然聖書を読まない人の事なのだが、誰が言い出したのか私はずい分前からその言葉を知っているのに、今の若い人はどうも聞いた事が無いという。
 埃がたまると言うからには一週間ではないだろう一カ月、二カ月位たたなければ埃がたまる程にはならないと思う。
 更に怠け者はクリスマスだけ教会に行く信者で、それを面白おかしくナントカ信者と聞いたのだが、今そのナントカを思い出せない。
 ところが私は敢て言うならフーポン信者に属するかも知れない。家で毎日必ず聖書を開くわけではないからだ。必要に応じて集中的に読むのだ。聖書は教会にも自分のを置いてあるからわざわざ持ってはいかない。家庭用の聖書は最近本棚に入れるようにしているので埃はつかない。しかし会社勤めをしている間は殆ど教会に行く事ができなかったし、フーポンもせず埃にまみれていた。

読点の少なさを見ても、およそ書き慣れていない様が伺えるし、文脈も乱脈を極めて、けして上手な書き手とはいえないのだが、それこそが、まさに思いつくままに書いた気安さを表出し、「私」がとつとつと語る声を聞く気にさせる。「今そのナントカを思い出せない」などという書きぶりは微笑ましいではないか。こうした書きぶりが、それこそイメージのない説明に終始する書き出しを、それでも読ませている。さすがにこのあとに続く聖書の構造を語る段は、冗漫といわざるを得ないが、あくまで「私」にとっての聖書観が折々挟まることで、語りの場が保たれている。

 人形を作り幼稚園や農村の共同託児実習で人形劇をやった経験がある。
 若い頃の教会生活の中で私はそれを再現した。聖書の物語りを動物の世界におき変えて脚本を書いた。その頃沢山いた若い人達が上手に動物の人形を10体以上作ってくれ、日曜学校の子供たちに人形劇を見せた事がある。それはいろいろな意味で貴重な体験で八十を越えた今でもあの感激をもう一度の思いは消えない。それでフーポンばあさんは今でも日曜学校の礼拝に出てチャンスを窺っているのである。だが今は教会員に若い人が少なくて、人形を作るパワーが結集できない。私の思いはなかなか実現しないのだ。そんな私にとってたまに廻ってくる子供へのお話のチャンスは、私の得難い恵みとなっている。この手の事がよくよく私は好きなのだろう。
 子供に聖書の話をするのは結構むづかしい。むづかしいけれどそれが又楽しい。自分の勉強にもなるし恥ずかし乍ら殆ど生甲斐を感じてしまうのだ。

ひとつのセンテンスで、なにかを語ると次のセンテンスでそれを補足して「のだ」と強調してしまう短調さは気になるし、さすがに「いろいろな意味で貴重な体験」などといった書き方は、小説足りえていないというべきだろう。だから、これはやはり随想として読みたい。
このあと、生甲斐にも感じている子どもへの聖書の語り聞かせの機会を得るが、時間的な制約と、語り聞かせる場面(イサクの誕生)のむずかしさから、右往左往しつつ、最後にはそれをはたして終わるのだが、このとき聖書を語り聞かせる側のそれこそ「貴重な体験」を語ることになる。聖書のさらなる理解はもとより、ハガルとイシマエルの物語の語り難さである。しかし、「私」の右往左往は、一週間という制約の中で、医者にもいかねばならず、友人と約束した「兵馬俑展」も終わりそう、信者へのダイレクトメールの発送の仕事もあるといった曜日ごとの単純な繁忙振りにあり、その合間、あるいは平行して、神はなぜアブラハムを選んだのか、とか、イシマエルを語りえるか、といった問題に悩む。この日常の生活が喫緊の課題としてある点が、笑みを呼ぶし、先へ先へと面白く読ませる。
最後にはご丁寧に、「ところで出来上がった「お話」は次の通りだ。」といって鉤カッコでくくってですますの語りが演じられてもいる。どうしても随想にしか読めない。あたかも随想のように見せる小説という書き方は、それはそれでよいだろうけれど、それなら、やはり語り得ぬものハガルとイシマエルの問題と付き合うべきだろう。子どもには聞かせられないよ、で済まされたのでは、読者は子どもではないのだから、納得できない。こうした問題と四つに組んでこそ小説足りえたと思われる。あるいは、その問題そのものでなくとも、問題として存在してしまうこと、あるいは語り得ぬということと取り組んだほうがむしろ現代の小説の在りようには沿うかもしれないが、その選択は書き手の恣意に任せるとして、せめて、最後の終わり方の平和さは、もっと違う在りようがあったと思う。たとえば、イシマエルの語り得なさや、神によるアブラハムの選択といった問題を読者に投げ出す終わり方というのも、きわめて狡猾ではあれ、小説らしくはなったかもしれない。結果としては、私小説になりきれず、エッセイに終わってしまった。気取らない文章は気持ちよかったので、エッセイとしてなら、楽しんだ。ちなみに、目次では「小説」に分類されていた。

なお、「づつ」や「むづかしい」は、「ずつ」「むずかしい」が正しいはず。引用は原文の表記をそのまま写した。

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2006/11/22

晩秋の客―難波田節子

Photo_3 先般、受贈した難波田節子さんの「晩秋の客」のうち、表題作で巻頭の「晩秋の客」を読んだ。「季刊遠近」26号に掲載され、2006年上半期同人誌奨励作に選ばれた小説だ。本書の初出一覧には「季刊遠近」ニ七号とあるが、単純な誤解と思われる。
続く「星の声」は、関連性のある小説で、「晩秋の客」で触れられている過去のエピソードに焦点をあてて書かれた作品だが、私は、「星の声」を「季刊遠近」掲載時に読んでしまった。順番が逆転してしまったわけだが、小説体験には、こうしたことはままある。過去の作家など、有名だったり文庫になっていたり、はたまた国語の教科書で読まされてしまったのちに、遡って以前の作品に触れるなんて体験は、往々にしてある。私の場合、大江健三郎の小説など、それこそバラバラに読んでいるから、光君にしても谷間の村にしても、連続性を欠いたまま記憶されている。連作や、シリーズといわずに書くなら、そうした点を踏まえなければなるまい、とは、創作上のこととして思った私事。ここ数年私の創作物では、べつに石井隆の「名美」に倣ったわけでもなく、「かなえ」もしくはそれを連想させる名まえの女性を書き継いでいるのだが、同人誌なら読者は限られていることもあり、最近はその人物造形を既知のものとして端折っていたかもしれない、という自戒である。
とはいえ、やはり「星の声」の前に読みたかった気はする。ただし、先般いただいたお手紙には、「星の声」を書き直していると書いておられた。おそらくここへ載せるにあたって、手を加えられたのだろう。

晩秋の客」難波田節子
今回は、登場人物たちの配置について、考えた。
まず、難波田さんといえば、書き出しから一気に場景を立ち上がらせる妙技を持つ人だと思うが、下がこの小説の書き出しである。

 夜になって虫の鳴き声を聞くと、ロバートは外国に来たんだなあと実感するのだそうだ。
「イギリスでは虫が鳴かないの?」
「うん。何年か前、南フランスへ旅行した友達から、虫が喧しくて眠れなかったって聞いたことがあるけど」
と言う。
 宏子は納得しにくかった。
「写真で見るとイギリスは緑が多そうなのに、虫がいないなんて信じられないわ」
「鳴かない虫ならいっぱいいるさ。たちの悪い虻やナメクジは輸出したいほどいるよ」
とロバートは笑う。恵も傍から口を挟んだ。
「あたしなんか、毎晩夜中に体中虫除けスプレーを吹き付けてナメクジ退治よ。日本にいるような普通のだけじゃなくて、十五、六センチある黒い怪物がニョロニョロ出て来るんだから」

なるほど、物語世界に一気呵成に連れていってくれる見事な書き出しではないだろうか。だが、同時になにか、違和感が伴う。ひととおり、イギリスと虫の話題ののちに、この状況が説明される。

 そんな他愛もない話をしながら、三人はもう二時間あまりもビールを飲んでいる。ロバートと恵の夫婦は、今夜恵の実家に行く予定だったのだが、宏子の夫が出張中だと知ると急に気楽になって、ここに泊まって行くことになってしまったのだ。恵の母親は再婚しているので、実家には義父のほかに父親違いの弟が二人おり、必ずしも居心地のよい環境ではないらしい。電話に出た母親も、是非帰って来いとは言わなかったそうだ。
 恵だけなら寿司を取ってすませるところだが、ロバートは生魚を食べないから、夕食は三人で駅前の中華料理店へ食べに行って来た。宿泊料だと言って、その費用はロバートが払い、夜遅く塾から帰って来る宏子の娘のために、恵が肉まんと餡まんを包ませてくれた。
 ロバートは日本のビールほど美味しいものはないと言う。せっかく中華料理店へ行ったのに、紹興酒ではなく生ビールを、それも大ジョッキで三杯も飲んだ。それでも、帰って来るとまたこうして缶ビールを開けることになる。台所には空缶がもう七、八個転がっているし、バターピーナッツや柿の種の空き袋も散らかっている。宏子の二倍はありそうな大きな手で掴み取られて、チーズクラッカーやあられを盛った皿はたちまち空になる。新しい袋を開けると、それもまたすぐになくなった。
 テーブルの上に何もないのは格好がつかないので、宏子は彼らが土産に持って来てくれたチョコレートの箱を開いた。ロバートはそれにもすぐ手を出す。

今そこにいる三人の背景とともに、そこにいたった経緯、そして現状まで、淀みなく書かれている。ロバートの大きな手、乾き物のつまみを掴むその手の動きが、説明のなかにも運動をもたらしている。にもかかわらず、ここには欠けているものがある。おそらくは書き手が意図的に書かなかったものがある。たとえば、最初の引用中の「恵も傍から口を挟んだ。」というセンテンスを見て、「傍」という漢字をどう読んだだろう? 「わき」? いや、「傍」はたしかに「わき」とも読むし、私も当初「わき」と読んだが、「そば」と読むほうが一般的だ。いずれにせよ、ここにそうした迷いをもたらす「傍」という漢字を使ったことに、書き手の意図が表れている気がする。いや、意図といっても、書き手が意識的であったかどうかはこの際問題ではない。そのように表出しているのではないか、ということだ。では、書き手が無意識にせよ書かなかったものとはなにか? おそらくは客間なのだろうけれど、居間かもしれない。それより、3人の位置である。3人の関係を見れば、およその想像はつく。だが、家の構造も語られず、やがて帰ってくる娘亜紀にしても、彼らといかなる位置関係で座っているのか、一切明かされないどころか、その登場さえ唐突でさえある。一行空きの後に、

 亜紀が塾の送迎バスで帰って来たのは十時近かった。
 恵は子どもの頃からの顔見知りだが、ロバートとは初対面なので、亜紀はさすがに堅くなっていた。
「日本の中学生は、こんなに遅くまで勉強するの?」
と驚くロバートに、恵は笑った。
「あたしたちの時代も同じだったわよねえ。毎晩塾で絞られるだけじゃなく、毎週土日には模擬試験受けに行ったじゃない。あんなに勉強したのに、あたしは第一志望の私立高校を落ちちゃったけど」
「メグはむかしから理想が高かったから」
「ううん。母がうるさかっただけよ。あちこちやたらいっぱい私立を受けさせられたけど、結局宏子と同じ都立高校に行ったのよね。大学も同じ、学部も同じ、英会話学院まで一緒に通ったわね。それなのに、宏子は勤め先で立派な旦那を射止めてこんな可愛い子を産み、あたしは一生あくせく働いて暮らす。一体あの勉強は、あたしにとって何だったんだろう。虚しいなあ」
と、最後のところは日本語で言って、恵は大きなため息をついた。宏子は慌てて恵の口を押さえた。

Familygame 帰ってくると、ドアを開けることもなく、挨拶することもなく、いきなりその輪のなかにいるのである。いうまでもなく、亜紀がドアをすり抜けたわけはないし、靴も脱いだはずなのだから、それらは省略されているのである。まして、最後のセンテンスには驚かされた。宏子の手が恵の口に届いている。ふたりの距離がそうあったことには驚かされる。私はてっきりロバートの「わき」に座った恵の正面に宏子が座っているとイメージしていたから。まるで、森田芳光の映画「家族ゲーム」のように、横一列に座っているようにさえ・・・。

ここまでを辿ると、単に小説的不備としての説明不足にも読めようが、再三意図について触れたとおり、これらは、仕掛けではないかと思われる。イメージではない彼らの位置に眼を向けさせようとしているのではないだろうか?

では、イメージではない位置、とはなにか? 語りの場には、すでに引用の中に現れた4人だけが登場する。宏子はごく一般的な専業主婦だが、長男である夫の両親が隣に住み、ひとり娘は受験生である。すなわち、家という閉鎖空間に縛られ、家族との関係の中にのみ身を置き、そこにストレスを感じてもいる。この宏子を中心に物語が進むのだが、語りの場は、見てきたとおり、宏子を象徴する家の中に限られる。家の外の場面、中華料理店などは、回想や科白の中で処理される。「地球の裏側」とも書かれる遠い外部からの訪問者、タイトルにもなるロバートとその妻・恵。ロバートは書き出しから象徴的に、まったくの外部の者である。さらに日本語は未熟で、概ね英語で話す。宏子とロバートというあまりにかけ離れた存在を結びつけるのが、宏子の唯一無二の親友で旧友、ロバートの妻の恵だ。彼女は通訳の役目さえ果たすが、さらには宏子の過去にも通じている。新婚のロバートと恵なのだから、このふたりを前にして、むしろ恵の過去こそが、ロバートに披瀝されるべきかもしれないのだが、恵の過去は、やはり宏子の回想で処理されることが多い。
そして、物語を動かすのが、宏子の娘・亜紀である。やけに大人びた、この少女が語りだすと、他愛もなかったはずの会話が、一気に、彼らの関係性を揺さぶるのだ。

「ママは何でもすぐに単純に結論を出したがる人なんです。あたしが生意気なのは、兄弟がいなくて、家族が大人ばかりだからだと思いこんでますけど、あたし一日の大半は学校で同じ歳の子どもの中にいるんです。子どもだって、考えたり悩んだりするのに、ママはそういうこと信じないんです」

亜紀のこの科白は、のちに大きな意味をもつが、その時を待つまでもなく、この小説の根幹に触れている。なぜなら、亜紀が、常日頃から、宏子の知らない時間を、生きて生活していることを示唆しているからである。この家という空間だけが世界ではないのであり、それは、世界の裏側にいくまでもないのだ。すると、世界の裏側の住人は、

 恵が早口で通訳すると、ロバートが興奮したように身を乗り出した。
「ぼくはさ、子どもの頃、親父が離婚する度に引っ越していたから、友達ができなかったんだよ。兄弟もいないから、家に帰っても誰もいない。みんなが手をつないで家へ昼飯を食べに帰る時も、一人だけ不味い学校給食で我慢した子だった。すごく淋しくて惨めだったよ。親父が憎らしくてたまんなかった。でも、もし亜紀ちゃんみたいに友達がいっぱいいて、友達からの刺激がある環境にいたら、もう少し違った大人になれたかな」
「もしかすると、もう少しお父さんに優しくなれたかもしれないと思います」

それまで、通訳役を、適当にはぐらかしてみたり、言い換えたりしてきた恵の反応も面白いが、亜紀の登場によって語られ始めたロバートの過去が、亜紀の科白で、大きく揺さぶられる。ロバートは、自分の辛さが癒されたかもしれないというのに、亜紀は父親を許せと、癒すより辛さそのものを消し去れといっている。まったくもってこまっしゃくれた少女だが、ここで起きているのは、宏子の家という閉鎖空間の外部が、また宏子の家のような閉鎖性を同じように抱え込んでいる、そうした普遍性への転換ではないか。宏子の家が特権的に閉鎖空間なのではない。外部もまた、たとえ地球の裏側までいってさえ、小さな閉鎖空間の連なり・・・。いや、閉鎖空間などないのだ。だから、亜紀はドアも開けずに帰ってくるのだ。部屋に入ってくるときも出て行くときも、その境界を越える仕草が語られないままに、移動する。
それでも、やはり、閉鎖空間は存在する。宏子を圧迫する場が存在するし、そうしたものの外部に脱出した恵が羨ましくもある。というより、亜紀が喝破するとおり、家の外について、「ママはそういうこと信じ」られない。畢竟、この揺さぶりのゆえに、亜紀はそうそうに風呂に追い立てられ、退場を余儀なくされる。それでも一度揺れだした場は、余震を免れない。ロバートさえ布団に追いやってから、恵と宏子は、語り始める。この小説のなかで、もっとも大きな事件が、回想されるのである。そして先の亜紀の科白の大きな意味が明かされていく。また、次の作品「星の声」で中心的な役割を担う事件だ。あるいは、この記事で書いてきたことが、最後にいかなる決着を見せるのか、語りたい気も満々あるのだが、こういっては失礼かもしれないが、この本がベストセラーになるとは思えず、読者は少ないと思うので、いまさら、らしくもないが、この先は買って読んでね、と投げ出そう。

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2006/10/28

同年講―「季刊 遠近」29号から

29 遠慮がちなのは、またしても、コピーだから。
そうそう、この際だから、書いておこう。私が人の作品について何かを語る際のモットーは、なんといっても「自分のことは棚にあげる」こと。これを第一にしております。悪しからず。

季刊 遠近」29号掲載作です。

「〈故郷物語より〉同年講」木野和子
とても面白く読みました。なんといっても会話が良い! 楽しい。そして、夏ちゃんとトン子さんに、好感を覚えました。
芝居でいうところの三一致の法則に縛られるかと思いきや、会話の妙で、広がりを見せ、その話題のズレ方もまさに日常に我々が経験している会話の面白さで、さらに、ふくろやのおばちゃんを追って海辺へ、と、空間にも広がりを見せる。もちろんそれ以前に、遊女のトン子さんと歩く場がありますが、昔語りの場面だったのが、海辺では今の姿で歩く。だけど、考えてみれば、そのたびにトン子さんが導き手である、というのもよいですね。そして、かつてトン子さんによってさらに新たな風景へ誘われながら逃げてしまった洋子さんがいる。最後のほうでは、そこにも数十年を経て気づくことがある。事件の呼び込み手としてトリックスター的存在の夏ちゃんが、「しゃら、しゃら、しゃら」という足音とともに訪れるものであり、常に訪れる人々はそれぞれの音色を響かせるのに対し、階段を下りてくる、ふいに訪れる、いずれも音もなく現われるトン子さんの、その現われ方に、外部にいる人のふいの訪のい(最初は洋子が訪ねるのだけれど、階段を降りてくる姿を見る姿は待つ者ですね)が象徴されます。そして、そう、洋子さんは、常に待つ人であり続けている。語りの場の在り様でしょうね。
さて、すると、その語りの場であるところの洋子さんの家。語り起こしのはじめから問題化されるその家が、裏通りがバス通りとしてむしろ表通りのようになってしまったというその構造。裏と表が反転したような町の中で、表裏を結ぶような突き抜けの土間に、集まる人々という構造がとても面白い。それだけに、もっと描写に気を使って欲しかった。訪れる人々がはたしてバス通りからきたのか、元々の表通りからきたのか、たとえば、同年講たちは、昔はどこを通っていたのか、今はどこを通っているのか、後妻として嫁にきたというふくろやのおばちゃんは、どちらを通ってくるのか、そうしたことの中に、土地と外部の差異や、長く流れた時間などが立ち上がってきたらなぁ、と思います。
とはいえ、なんといっても会話の面白さに楽しく読みました。

(追記)

洋子さんが、数十年を経てから気づくのは、トン子さんが自分の嘘を見抜きながら、許していたのかもしれない可能性ですが、それと同時に、自分が遊女屋の前に立ったということでもありました。すると、読みの場に、遊女屋の前に立つまだ若い洋子さんのイメージが喚起されます。すなわち、洋子さんの気づきとは、トン子さんの寛容と同時に、常に誰かを迎える者であった洋子さんが、その時は訪のう者であったことでもありましょう。すると、やがて、そこにはわらわらと人が集まって、誰が語り手ともつかぬ場になっていく。
少々、今時古いテキスト分析的読み方で恐縮ですが、物語に反するものとしてではなく、物語に深みを与えるものとしての構造の妙を感じましたので、あえて・・・。

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