2009/06/30

すごい!!!

「残雪研究」創刊号のふたつめの「水浮蓮」が、「瓦の継ぎ目の雨だれ」同様にとても短いから、読み始めたんだけど、凄い、てか、凄すぎる。一行読むのに、大層な時間が必要だ。頭には入ってくる文章だし、イメージ(映像)的な描写ばかりなのに、それがなかなか映像に結びつかない。

なんだこりゃ?!

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2009/06/19

大宮って・・・

そういえば、前の記事に書いたとおり、本屋さんを彷徨ったわけだけれど、大宮のジュンク堂で、6冊のうちの4冊を買ったのだった。

ところが、ふと見れば、村上春樹の「1Q84」が巻とも、しっかり棚に、たっぷりとあったよ。先日訪れた池袋本店でさえ、上巻が見当たらなかったのに。
で、また増刷して品切れ解消かな、と思ったのだけど、AMAZONで5週待ちとか・・・。すると、大宮と言う土地柄? これを恵まれているととらえるべきか、文化的に劣位な土地と見るべきか? といって、私も買わなかったわけだけど、これはもう文学が巻き起こした社会現象なわけで、こうまでかまびすしいなら、読んでおかないといけないのじゃないかという気にもなる。今度大宮に出たときに、まだあったなら、買っておこうかな。

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2009/06/15

圧力/挑発

先日触れたのだから、もうちょっと付き合ってみる。

あらゆる記事がそうなのだが、北朝鮮の発言・行動は「挑発」であり、七カ国他の行動は「圧力」と書くこと。国連決議も「挑発」ではないか、とか、北朝鮮も「圧力」をかけているのだ、と言いたいわけではない。いや、そう言ってもよいはずだが、それぞれが違う言葉で表現されること。北朝鮮の認識は、それらの言葉のもつ意味合いにおいて、まったく逆転するのだろう。それが正しいわけではないし、現状が間違っているとも言い切れない。しかし、それぞれの言葉がもつものを、読者は受け取ってしまう。
言葉とはかくも恐ろしい。

国連決議が挑発行為だからやめろというのではなくて、挑発行為となってしまっているはずであることは、認識にしておくべきではないか、と思うのだよ。

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2009/06/08

今読んでみたい作家

だいぶ以前の話だが、私たちのゼミで後藤明生の作品を取り上げたことがあった。その際に、私は、あまりに繰り返されるくどい語尾に反感を覚えて、否定的な発言をしたのだった。

すでに彼の死から10年が経過して、今では講談社の文芸文庫の数冊ぐらいしか入手は困難な状況になりつつある。
じつは、ゼミの課題になったときには、すでに彼の本は書店で見つけにくかった。課題にいたく感激した御大の同人が、他も読もうと書店で探したが、まったく見つからなかったというので、私の本棚にあった4・5冊を貸すことになった。ゼミで否定的発言だった癖に、ずいぶん持っているじゃないかと言いながら、その場で借りパク宣言されたのだった。そして、私もそれを承諾した。

ところが、最近、あらためて読んでみたくなっている。今読んだら違うんじゃないかなぁと思えてきたのだった。
でも、文芸文庫って、「挟み撃ち」と「首塚の上のアドバルーン」、どっちも長篇だよね・・・。まずは短篇を読んで様子を見たいんだけどな。ちなみに「挟み撃ち」は貸したなかに入っていたはずだなぁ、ね、T姉?

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2009/06/01

核を書く?

中国や韓国あたりのメディアのみならず、アメリカの元国務長官までが、日本の核保有がどうこうと言い出す昨今、もしかしたら、来月、いや今月中にも東北アジアに戦渦が巻き起こっているのかもしれず、そんなときに、文学なんぞにうつつを抜かしているのは、滑稽のいたりかもしれないなどと、思ったりもする。

そう、文学「なんぞ」。今の北朝鮮情勢に、文学はなにもできっこない。

いや実際、起きてしまったら、こうした呑気なブログを書いていたってことが、恥ずかしくなる気がして、なんか書いておきたくなってしまった。見栄っ張りだね。

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2009/05/29

今日は断念

フラグメンツ」を紛失以来、ひさしぶりに「夕方のおともだち」を読んだので、「愛読書」に加えたこのマンガの、女王様にオリンピック日本代表級とまで言われながら、Mが抜けかけて、無常感にとらわれた男と、地方政治の物語について、なにか書こうかなと思ったのだけど、今日はやめておこう。

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2009/05/25

徒然の記

とりとめもなく、書きとめておく。

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2009/04/30

鑑賞の近況

木曜日25号を各方面に発送するために、封書詰めから宛名書きなど、昨日こつこつとおこなっていたわけだが、これまでは一冊ずつの厚みの関係上一度に済む作業ではなかったけれど、今年はずいぶん薄くなったおかげで、一度で済みそうだ。今日、これからメール便で発送しようと目論んでいる。

なんともつぶやきばかり繰り返している最近のここなのだけれど、それでもなあ~んにも読んだり観たりしていないわけではなくて、例えば今読みかけているのが「天使禁猟区」(由貴香織里)というマンガであり、その昔、例えば「百億の昼と千億の夜」(小説・光瀬龍、マンガ・萩尾望都)とか、山田ミネ子の最終戦争(ハルマゲドン)シリーズなどなどを楽しく読んでいた私には、その手のお話のその後(94~00年連載)の進展、というより、それらがより直接的な言葉になること、それはとりもなおさず明確化でもあるのかなぁ、などと感心しつつ、とはいえ、まだちょうど半分といったところだから、やはり進展という部分にも、それはとりもなおさず「大きな物語」の消失点探索のようにも期待しながら読んでいたりするわけだし、あるいは、「クライマーズ・ハイ」という映画を観て、堤真一の演技ウザッ! とか、高嶋兄の演技中途半端・・・とか、時間の使い方も美しくないとか、どうやら演出ヘタなどと思いつつもお話には惹き込まれたりしていたのだった。蛍啓次郎と堺雅人の演技には好感をもった。
ただし、これがあの分厚い原作小説ならまだしも、映画にするからには、詰め込みすぎの感はいなめなかった。原作は読んでないけど。とにかく、原作はこうなのに、とか、そんなレビューは勘弁して欲しいものだ。むしろ、原作に縛られるから、こんな詰め込み過ぎの長ったらしい映画になるのだろう。

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2009/04/28

いろいろ

続々と届いている同人からの報告によれば、やはりすでに見つかっている4部以外にも乱丁があったようだ。といっても、少ないらしい。ひとりだけ、すこしだけあったと報告してくれた。もともと冊数が多い同人ゆえ、これでかまわないとのこと。
冊数が多めの同人たちは宅配便なのですでに届いているが、少ないひとにはメール便だから着日がちょっとわからない。そしてそちらに落丁本がいったときには、対応が必要になる。

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2009/04/14

宣伝とまた保存

えっとぉ、文学フリマ事務局長(?)さんがかく述べておられるので、この場で、念のため、声(文字)を大にしてみたりしながら、書いておきます。

Kamatamap 是非、5月10日は蒲田の大田区産業プラザPiOで開催される、第8回文学フリマに足をお運びくださいませ。文学にご興味がある方は、こうしたイベントが行なわれ、そこでは、さまざまなそれぞれの「文学」が行なわれている、その片鱗なりと覗き見るだけでもよろしいかと。
べつに、「木曜日」を買ってくれなんて言いません。顔を見せろとも言いません。声をかけろとも言いません。文学フリマと言う場を経験してみてください、とだけ。

殊勝に書いておきます。

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2009/04/13

ご教示請願

ネットを徘徊して調べても見付けられなかったことがあり、もし知っている方があったら教えていただきたい。
お願いします。

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2009/04/03

第2回全国同人雑誌会議、他

ブログ「文芸同志会通信」のこの記事によると、来年10月に、「第2回全国同人雑誌会議」が、「第4回富士正晴全国同人雑誌賞」の授賞式と併せて、開催されるそうだ。

昨年8月には、その予定が発表されていたし、その10月にはプレイベントが行なわれる予定だったはずだが、プレイベントについては、続報がないまま、今回、本大会の告知がなされた。

第1回全国同人雑誌会議の開催をしったのは、ギリギリになってからだった。富士正晴全国同人雑誌賞なるものの存在をしったのも、つい最近だった。どちらにせよ、今回も弊誌にお誘いはないだろうな。「木曜日」のネームバリューの問題だろう。いざお声がかかったとしても、徳島まで足を運ぶのはしんどい。

上記記事によれば、「協賛団体として徳島ペンクラブ中部ペンクラブ、文学街、文芸思潮徳島新聞社四国放送などが予定されている」そうだ。

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2009/04/01

掲載作なし

今年は、本編を書けなかったから、せめてコラムを書くと決めて、さっき書き上げたのだけど、さて、作品を配置してみたら、あらま、置くところがない。もとよりページ合わせのためのコラムだから、置き場所がなければ、没。
というわけで、今年は、コラムも掲載しない。編集後記しか書かない。
でも、コラムはほんとうに書くだけ書いたんだよ。前に没にしたものを書き直しただけだけど、それでも、全然なにもしなかったわけじゃないよ。仕方なく、だよ。と言い訳。
まぁ、私が書くかどうかなんて、どうでもいい話だ。

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2009/03/21

編集雑記

2つめがとうとう到着した。
いよいよ「木曜日」25号始動のときだろう。

今日届いた作品を巻頭にする予定。

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2009/02/17

振り出しに戻る

これまで書いていたものは、やめることにした。どうしても、今の私には、無理だ。
もうちょっと時間があるので、もしかしたら、どこかで、裂け目ができるかもしれないが、私には「ピップ・バップ・ギー」を唱えてくれるチビ猫がいないので、その可能性はきわめて小さい。
昨年と違い、今年は、面白いとかつまらないとか、萎えたとかいうのではなくて、技量が足りない。

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2009/02/10

予定―創作雑記

心積もりとしては、物語の性質上、最低でも70枚、長ければ120枚くらいのつもりなのだけれど、今日もすこしだけ進めて、2100字を超えたところ。ようするに、まだ6枚目。1/10にも達していない。

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2009/02/08

創作雑記&世界の区分

先に進んでいる。プロパティによれば、現在、1800字を超えた。「木曜日」フォームで、1.5P分に達している。

いやしかし、今回の私ってば、私にたいして、要求高過ぎ。あまりにも難しいチャレンジだったようだ。苦労している。この持続は・・・。物語は、頭のなかに、ほとんどできているのだから、もっと早く書けるはずなのに、そうはいかない。

構想段階は、だいたい「これはよい小説になるはずだ」と思うもので、すくなくとも、「悪くない」と思わなければ、書けない。だから、今回だって、このアイデアはいいんじゃないか、と思いながら、書きはじめた。
物語はまたしても凡庸なのだから、アイデア勝負、書き方勝負なのに、そのアイデア、書き方が、このアイデアは、まだまだ私の手に負える代物ではないらしい。

すでにして、失敗の予感。早くも愚痴。

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2009/02/07

はじめた(創作雑記)

書きはじめてみた。
はじめたといっても、今のところ、700字を超えたくらい。
予定枚数は、去年とおなじくらい。もうひと山しだいでは、もうすこし伸びるかもしれない。物語の性質上、もっともっと長いほうが相応しい気もするのだけれど、いつものことながら、今年もしんどい書き方を選択しているため、今からはじめたのでは間に合いそうもない。なんていいつつ、去年は、2週間で初稿をあげたのだった。
いや、プレッシャーに弱い人間ゆえ、〆切が目の前にあると、やる気がなくなるんだ。
それなら、とっとと書きはじめればいいのだし、これまではそうしてきたのだけれど、ここ数年、書きはじめが遅く、おかげで、以前は100枚超えが当たり前で、師匠や同人たちから、合評のたびに「長いよ」と言われていたのに、最近は100枚を超えられない。

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ブラウザとメモ

うむむむ・・・。よくわからん・・・。
ブラウザをIEからGoogle Chromeに換えてみたのだが、IEとChromeでは、ココログの新規記事作成画面が微妙に違う。Chromeでは、HTML編集用のタグが消えてしまった。編集用のタスクが、右に寄ってしまうし・・・。ブラウザを換えると、基本のフォントも違うようだが、インターネット・ページの状態まで変わってしまうものなのか??? たしかに、画像のダウンロードとか、IEとは較べものにならないくらい早く、YouTubeだって、IEではアクセスしてから、ダウンロードが終わるまで待ってから、再生していたけれど、ダウンロードにさんざん時間がかかっていたのに、Chromeはかなりサクッといってくれるんだけど。

しかたなく、IEを開いてこの記事を書いている。当面は、両立かな。

さて、そうまでして書く記事があるのか、というと、そうでもなくて、ほとんど、またしても、個人的な備忘をかねた呟き。
今、お仕事がちょっと忙しくて、本も読んでいないのだ。

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2009/01/31

お知らせ

携帯電話から、お知らせなのだ。

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2009/01/27

路上観察学と「木曜日」のこと

淡路島文学」という同人誌は、触れたことも見たことも、残念ながらないのだけれど、この記事を読んでいて、ふと思い出してしまったことなど徒然。

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2009/01/22

無駄な描写とは

「無駄な描写」って、何だろう、と考えている。悩んでいる。「人間」にも「物語」にも依存しない小説のなかの「描写」は、どうしたときに無駄になるだろう? と。もちろん、無駄な描写を排することが目的なのだけれど、無駄とは依存するものにとって過剰であることではないか、と思うと、依存するものなきものには無駄なんてあり得なくなってしまう。

ちょっと見方を変えてみるなら、描写を読み飛ばす読書がまかり通っていることもまたたしかだ。物語依存の読書には往々にしてある。しかし、描写のなかで、物語の伏線を張ることも、例えば推理小説などにはよくある話で、描写を読み飛ばしていたのでは、物語がわからなくなる小説も多々ある。だが、描写が伏線足りうるのは、物語の必要から要請された描写、すなわち物語依存の描写の謂にほかなるまいが、このとき、推理小説を思い浮かべておけばわかり易いと思うが、すべての描写が伏線であるならば、それらは伏線としては弱すぎる。無駄な描写のなかに紛れ込めばこそ、伏線は活きるだろう。どれが伏線なのか迷わせるようにカモフラージュして、読者を引きずりまわす。描写にかぎらないが、それらしいもののなかから有効なものが伏線なのであり、その抽出が、探偵小説における探偵術なのだと言い切ってしまってもいいかもしれないし、推理小説で犯人探しやトリック解読を楽しむ読書の方法だとも言える。
では、物語の伏線足りえない描写は、物語にとって無駄だろうか? すくなくとも推理小説にとっては、上に書いたとおり、無駄ではない。伏線足りえないからこそ、伏線をカモフラージュするために必要な描写になる。物語が要請した無駄なのだ。そしてこのとき、書き手にとっての書く対象の置きどころが問題になるのではないか?
例えば、この際だから探偵小説の在りように依存して、江戸川乱歩の「パノラマ島綺譚」を考えてみよう。物語は単純極まりない。自分の夢想する世界ばかりを描き続ける売れない作家の人見広介が、旧友にして億万長者の菰田源三郎になりすまし、夢の世界を実現するが、唐突に現れた明智小五郎に正体を見破られて、自死する物語だ。そして、この小説の読みどころといったら、なにより菰田源三郎(こと人見広介)が作り出した夢幻境の描写だろう。しかし、もちろんそれらは、物語や推理小説としての謎解きになんら寄与しない。そのなかには、千代子殺しの伏線となる箇所もあるし、会社組織として資産の濫費を有無をいわせなくさせる仕掛けも盛り込まれてはいるが、海中トンネルや地平線まで見晴るかす平原、天にも届くと見える階段、それらは、仕掛けたり得ていない。だが、これらこそが、「パノラマ島綺譚」という小説で、乱歩が実現しようとしたものだったとしか思えない。ポーの肖像を部屋に飾っていたという人見広介とは江戸川乱歩のことに他ならず、人見広介が書いた小説とは「パノラマ島綺譚」なのだ。もちろん、最終的には、乱歩と人見広介は分裂する。明智小五郎によって暴かれる謎とは、乱歩の分裂だといってしまってもいい。なにより、明智小五郎のあまりに突然の登場振りといい、謎解きのあっけなさといい、物語は完全に破綻しているではないか。
そう、物語依存ではない描写、物語にとっては無駄な描写が、物語を侵食してしまうのが、乱歩だ。いや、描写するひと=人見広介と、見るひと=乱歩の分裂だったかもしれない。

例えば、千代子はなぜそれが菰田ではないと気づきながら、言い立てなかったのか、とか、なぜ人見は千代子をなかなか殺さず、それでもやがて殺すことになるのか、とか、人見はなぜ死ぬのか、といったことのなかに、人間のなんたるか、何某かを見出すこと、なにかを語ってしまうことだってできるわけだよ。だけど、この小説は、そうした人間や物語より、なによりも描写が目的化していたはずなのだ。それでも、そこには、人間や物語が現出する、それが小説ではないか、ということ。

今は、丸尾末広のマンガを念頭に書いているが、原作をちゃんと読まないといけない。むか~し読んだはずだが・・・。そういえば、光文社から文庫版の乱歩全集が出ているのだった。でも、短篇はちくまの「江戸川乱歩全短篇」全3冊を持ってるんだよなぁ・・・。
ちなみに、師匠の「紙上で夢みる」というご著書に乱歩論があり、これを参考図書にあげておこう。

ところで、「無駄な描写」だが、描写が目的化しているならば、無駄はあり得ない。ただ、読書にとっては、うるさいとか、しつこいとか、およそバランスとでもいえばいいのだろうか、そうしたものがあるようにも思うし、だけどそれも個人差があって、境界線はなかなか確定できない。基準になるなにかはありそうに思えるけれど、今のところ、こう思うよと提示できるなにも見出せていない。

もうひとつ。
花田清輝という小説家がいる。徹底的に描写を排した小説を書いたひとだ。評論ではイメージ喚起を志しながら、小説では、イメージ喚起を嫌った作家。まさに、ありえたはずの対極的な小説。もうひとつの小説。描写だけが小説なわけではない。それでも、「鳥獣戯話」も「小説平家」も面白かったんだよなぁ~。そんなこともしてみたい欲求を覚えるが、今はまだ・・・。

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2009/01/21

助走=現実逃避(創作雑記)

現実逃避のシーズンに入ったらしい。

以前なら、本棚のマンガなど引っ張り出してきて摘まみ読み、最近では、インターネットの徘徊に時間を潰して、やるべきことに手がつかない。日がな一日ボヘッと過ごしてしまう。だけど、私の場合、この時期が、創作の助走期間らしい。だから、むしろ歓迎している。

こんなことをしたいなぁ、のための、テーマまで、アイデアが進み、テーマが決まれば、主要人物の概略が見えてきた。そして、今回の「こんなこと」は、ひたすら個々のセンテンスにかかわる、頭のなかでは霧中の景色のごとくぼんやりしていて、書いていく過程でその都度実現する類のものだから、次のステップは書き出しの場面かと思う。それさえ浮かんだら、とにもかくにも書きはじめてしまおう。
ただし、終わり方は、ちゃんと考えておかないと、だらしないことになりそうだ。書き出して、そのままズルズルいくのは避けたい。書きながらでも、どこかでちゃんと道を見つけないといけない。道はいわゆる物語のこと。都度起きる出来事が重なるうちに、いかんともしがたい場所としての着地点が生まれてくればよいが、着地点らしい着地点というのも、いかがわしく感じてしまうから、だからこそ、ぐだぐだになりかねず、ようするに「重力のお友だち」みたいな終わり方はしたくないということで、どこかでどう終わるのか、ちゃんと見出すこと。と、一か月後の自分に言っておこう。過去は反省材料にして学習しないとね・・・。

ようするに、本を開いても、すぐに閉じてしまっているわけだ。

上には歓迎などと書いたのだけど、この現実逃避には、大きな問題がある。創作には歓迎でも、お仕事に差し支える。通勤していれば切替ができたけれど、自宅就労ではそれがままならず、ここが一番の問題点。

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2009/01/19

独語

今回は、候補作のうち一作も読んでいなかった。途中まで読んで、止めてしまったのは、みっつあるけど、読了にいたった小説はひとつもなかった。

最近は日本の新しい小説が全然読めない。それは、作品がどうこうというよりも、こちらの問題なのだろう。

それでも、いつものことながら、読まないままにもなんとなく予想を立てたりしていて、今回なら、1.田中慎弥「神様のいない日本シリーズ」、2.鹿島田真希「女の庭」、3.津村記久子「ポトスライムの舟」と予想していた。
津村記久子は、つい先日野間文芸新人賞を受賞したばかりだし、最近の文學界新人賞の傾向から、文藝春秋社がこれからの日本文学に求めているもの、なんてことを考えて、ちょっと可能性が薄いだろうと思っていたのだ。それでも、3人目に名まえを挙げたのは、キャリアと実績からで、だけど、それなら鹿島田真希が先という気がしていた。ただし、鹿島田真希はすでに三島賞を獲っているというバイアスがあり、その点では、津村記久子にも可能性はあるだろう、と・・・。

一度だけ、競馬場に足を運んだことがある。その際もそうなのだが、とにかく、ちょっとしたズレで外すのだな。いい線にいっていながら、結果は外れ。それは競馬にかぎらず、あらゆるゲームで、その手の運びには、周囲も納得するのに、結果がついてこないのだ。そして、運がないとしか言いようがない、と周囲に言わしめる。また、こうしたあと一息というあたりは、後を引く。次こそは、と思ってしまう。これは危険だ。
そんなわけだから、いわゆる賭け事は、手を出さないと決めているのだった。ほんの遊びの領域を超えない、と決めている。

読みもせずに、予想するほうが、どうかしているのだけれど・・・。
とはいえ、「文學界」(あれっ? 「文學界」2008年12月号は、AMAZONで「現在お取り扱いできません」だ・・・。やっぱり「全国同人雑誌リスト」の威力では? まだまだ同人誌関係者が購買層だったんじゃないの?? それとも、新人賞が目当てなだけかな???)掲載だったからすこしだけ眼をとおした、墨谷渉「潰玉」や山崎ナオコーラの「手」が候補になるようでは・・・。
いや、だからといって、他の作品も悪いのだろうというわけではない。その差が激しいということだって充分に考えられるのだから。
ちなみに、「神様のいない日本シリーズ」も「文學界」掲載作であり、読了はしなかったが、ちょっとだけ眼をとおして、その上で、候補中の第一に挙げていた。・・・ってことは、一番ですら読了に達し得なかったってことじゃん。フォローにならない・・・。

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2009/01/17

貼り付け完了

全過去記事について、AMAZONへのリンク貼り付けを終えた。疲れた。

ところが、友人から、美観が損なわれたとの指摘・・・。まったく同感。
そこで、今後は、テキストのみのリンクにしようと考えている。

また、レポートを見ると、今のところ注文はないが、クリックは発生している。しかし、クリックの数だけが出てきて、いったいなにをクリックしたのかわからない。これは残念・・・。レポートが楽しみだったのに・・・。

1/18 2:00追記
いや、私の確認不足。ちゃんとなにがクリックされたのか、レポートがあった。ごめんなさい。

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2009/01/13

AMAZONアフィリエイト登録

ブログで金儲けしようってのか?! と、お叱りを受けそうだけれど、AMAZONアフィリエイトを設置してみた。
極稀に、「この本はどうすれば手に入るか?」といった問い合わせがあるし、といっても、それだけなら、AMAZONでもなんでもよいが、そうした該当ページにリンクでも貼っておけばよいだけのこと。だけど、成果報酬率や実際にこのアフィリエイトを利用してくれると考えられる数等々を考えれば、数年に一度、本が一冊買えたらそれでも奇跡だろうと思う。

といっても、それもアフィリエイト設置の理由にはならない。

ようするに、アフィリエイトは実際にどの程度利用されているのだろう、とか、あるいは、このブログって、どの程度、読書欲を刺激できているのだろうとか、そうした好奇心。
私自身が、インターネットの書籍購入が好きではなくて、書店買いにこだわっているのだから、読書欲の刺激が即アフィリエイトに反映されるわけではないのは承知しているし、あるいは、アフィリエイトがあることで、嫌悪感をもたれるかもしれないことも覚悟のうえ。

というわけで、現在、ペタペタと過去記事にリンクを貼りつけているのだけれど、これが大変。やっと、「愛読書」のコーナーと2006年分を終えただけ。2006年は、2か月ちょっとしかないのに・・・。こりゃいつまでかかるかわからない・・・。

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2009/01/12

「物語」「人間」「描写」考

そろそろ新作を考えないといけない時期なのに、毎年のことながら、なにも浮かばないなかで、それでも頭を「小説」に向けているうちに、つらつらと考えたことなど、書きとめておこうと思う。だけど、とても青臭く、論理的とも言い難く、勝手な独り言なので、無視していただくのが望ましい。

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2009/01/01

遅ればせ祝辞

どうもひところ、この記事に検索をつうじてアクセスが殺到した時期があり、その検索ワードから、おそらくはそうなんじゃないかな、とは思っていたのだけど、ここによってはっきりした。

大西智子さんが「ベースボール・トレーニング」で、第26回大阪女性文芸賞を受賞されたそうだ。おめでとうございます。

あれま! 大阪女性文芸賞の受賞者一覧を見てみると、「文芸誌O」の内村和さんや、同人雑誌優秀作の鮒田トトさんなどのお名まえが見えるではありませんか。

そういえば、「照葉樹」の水木怜さんも第2回(?)北九州文学協会文学賞の大賞を受賞されたというニュースもあったのだった(むむむ、ニュース・ソースが見つからない)。

みなさん、頑張っておられるなぁ・・・。

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謹賀新年

2009年になりました。

新年あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

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2008/12/31

おおみそか

最近読了したものとしては、横山光輝の「三国志」全60巻を読んだのだった。
ちなみに、私の好みの人物は、劉備の片腕でありながら、劉備にはひとがいないと言われてしまう関羽だね。

おおみそかなので、去年同様に今年を振り返ろう。
しかし、今年はほんとうに全然読めなかった。文学とはいっさい無縁のところで個人的にいろいろあってね・・・。今も煩悶のなかにあるのです。とにかく、12月は暴風が吹いて、そのまま新年に持ち越しているのです。あれっ? 去年も寒い季節にそんな状態だったような・・・。
と、どうせ詳細は書けないわけで、であればそんなことはほうっておいて、今年の収穫を書きとめておこう。

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2008/12/28

同人誌ビジネスに纏わる懊悩

このブログでは、何度か、同人誌にかかわる情報を掲載してきた。だからといって、このブログに文芸同人誌にかかわる情報提供の義務などないし、ここから発信したところで、その影響力がどれほどのものなのかと言えば、ほんの微々たるものに過ぎないことは明らかなのだから、沈黙してもいいだろうと思っていたのだけれど、少々気になるし、同人たちへの発信の意味でも、やはり書いておこう。

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2008/12/24

Merry Christmas!!

文芸同人誌案内」の掲示板に書き込まれた「零文学なずみさん記事によると、本日、勝又氏の法政大学における最終講義が行なわれるという。ご挨拶に伺いたい気もするが、大勢に囲まれるだろうから、私などが顔を出しても、声をかける隙もなさそうだし、控えよう。

ところで、まだ先の話だが、我らの師匠・上野昂志さんが、来年2月12日に絓秀実さんとジュンク堂池袋本店でトーク・セッションを開くそうだ。テーマは、絓さんのことだから、またいつもの1968年絡みなのだけれど、新刊が出ているそうで、そちらは吉本隆明。吉本から1968までお話しするようす。
忘年会でもちょっと話題が出ていたので、同人たちもすくなからず参加しそうな気配だ。

でもさ、絓さんの新刊はいいが、2月って、上野さんの新刊はどうしてしまったのだろう? 来年春の文学フリマまでには出るのだろうか??? 毎年同じようなことを言っている気がする・・・。

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2008/12/19

文学に関係ない無駄な自慢

こんなものを見つけて、思わず・・・。

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2008/12/16

「文學界」を見て・・・

そういえば、昨日、なんと、かの「文學界」12月号に掲載された「書きたい人のための全国同人雑誌リスト320」の弊誌紹介を見て、読書会の内容が知りたいとお葉書をくださった方があった。正直言って驚いた。

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2008/11/12

朝日新聞の記事

雪さんがコメントでご紹介くださったこの記事について、ブツブツ言おうかと思ったのだけど、これまでに書いたことの焼き直しにしかならないから、やめた。「文學界」編集長の科白というのは、新しいネタではあるが、それについても、雪さんへのコメント返しでもういいや。ひとつだけ、船山編集長の発言は、すくなくとも記事だけ読むと、同人雑誌評ではなく同人雑誌が役割を終えたとしか読めず、苦渋の決断とは思えない。「同人誌の作風」ではなく「同人雑誌優秀作として転載される作品の作風」というなら、同人雑誌評の役割といえるかもしれないが・・・。

ただし・・・。

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2008/11/11

第七回文学フリマ

HouseibungeiKikangozen39Pi9 9日は第七回文学フリマだった。「木曜日」としては参加しなかったけれど、同人S氏と連れ立って覗きに行ってきた。そして、買ってきたのが、左の本の数々、ってほどではない。

真っ先に2階の文芸同人誌案内&「胡壷・KOKO」のひわきさん率いる「九州隊(タイ)!」を目指してエレベーター側の階段を上っていったら、ゼロアカ道場のひとだかりに阻まれて、道を見失ってしまった。そこで、会場側のオープン階段に廻った。
とにかく凄い盛況ぶり。私が会場に到着したのは、午後2時過ぎだったわけだが、とうの昔に例年より増刷したらしいパンフレットが品切れになっていた模様。事務局によれば、1800人は来場しただろうという。参加者を含めれば、2000人を超えたと考えられよう。

そうした中、いわゆる文芸同人誌は、むしろ少数派の異端組。ついにおめもじかなったひわきさんも、九州地区の同人誌を並べながら、「売れない」と言っておられた。正直に言うと、あまり多種な同人誌が並んでいると、どれを手にすればいいのか、迷ってしまう。かといってすべてを購入するのも躊躇われる。今回、ブースに行ってみて、そう思ってしまった。ひわきさんに、お薦めを伺って、「季刊 午前」を購入。
その後グルリと会場を一周しながら、「銀座線」を発見して、石原さんとちょっとだけお話をし、「法政文芸」を買いがてら中沢けいさんのことを伺うと、すでに帰られた由で、お渡しくださいとお願いして「木曜日」最新号を置いてくる。「小説π」を購入すると、同人参加を誘われたので、我々も同人誌を作っているのだと答えたら、正体がばれてしまった。「鏡の中を歩いた日」の長嶋絹絵さんがいらして、ここでも「木曜日」最新号を受け取っていただいた。が、ひとごみのなかを行くうち、胃の激痛に耐えかね、S氏と喫茶店に退避。ブスコパンとホットミルクで遣り過ごす。ちなみにS氏は、前回に引き続いて「精神病新聞」を購入していた。

ひととき、駄弁で過ごし、3時半ごろになってふたたび「九州隊!」ブースを訪れると、ひわきさんとともに、「西日本新聞」の塚越さんにもお会いできた。また、ブースの隣には「零文学」さんが陣取っておられたわけだが、ここで「零文学」のみなさんに軽くご挨拶。と、思い返せば、なにをしていたのか、私としたことが、「零文学」最新号を買い忘れてしまったのだった。馬鹿!

ひわきさんたちと終了後のお酒を約して、一度退散。

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2008/11/02

コメント返しで、前言撤回

この前の記事で、当ブログを閉鎖するとしましたが、その記事に多数のコメントをいただき、恥を承知で前言を翻し、閉鎖はしないことにしました。
その経緯は、前記事のコメント欄を参照していただき、かつ、それらのコメントの後半部分について、お返事させていただきます。

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2008/10/29

学んだこと

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2008/10/20

怖い錯視

今のトップは、自作の錯視図形で、かくも錯視が好きな私だけれど、さすがにここまでくると恐怖すら覚える。一体、私の目玉と脳味噌のなかで、なにごとが起きているのだろう? と。

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2008/10/12

届かない・・・

星と泉」がいまだ届かず、これはいくらなんでもおかしい。
で、思いついた。「木曜日」は奥付に発行所として、「日本ジャーナリストセンター・上野ゼミ」の名を記し、その住所も書いているのだった。もしかして、そちらに送られているのではないか。
なにはともあれ、師匠に問い合わせてみよう。

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2008/10/10

ル・クレジオがノーベル賞を受賞したので・・・

名まえくらいはしっていたが、情けないことに、ル・クレジオの小説は読んだことがなかった。いずれは読むんだろうな、とは思っていたけれど、今のところ未読。もしかしたら、どこかのアンソロジーで触れたことはあるのかもしれないが、記憶にない。

とはいえ、世界有数の翻訳大国といわれる日本でも、これほど多くの著作が翻訳されている現代作家なれば、ノーベル賞といわれても、納得できる。すくなくとも残学の私ですら名まえをしっている方なのだから・・・。

あれっ? そういえば、トゥルニエのほうが高齢だが、ル・クレジオが先に受賞したか・・・。フランスには、クンデラもいる(チェコの出身だが)し、トゥルニエはノーベル賞を獲れないかもしれないなぁ。

正直にいうと、フランスなら、年齢的に言っても、ル・クレジオよりは、クンデラかトゥルニエではないか、と思っていた。

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2008/10/07

備忘記録「プルースト効果」

なにかの刺激が、記憶を呼び起こすというのは、いつも書きたくなるし、その刺激が、五感のなかでも嗅覚というのは、語彙がすくないということも含めて書きたい気にさせられるのだが、なんと、匂いが記憶を呼び起こすのは、他の刺激よりも強いらしい。なるほど、だからこそ、書きたくなるのかもしれない。そして、この記事によるとそうした匂いによる記憶の召喚を「プルースト効果」というのだそうだ。

へぇ~!

もちろん、紅茶に浸したマドレーヌの香りから命名されたのだろう。
この手の命名って、神話から取られるのも多いけれど、ときに作家に由来するわけだが、面白いというか、優れた文学の力を感じさせる。だって、概念(哲学・学問)に先駆けて、それを表出していたわけだもの。

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訊いてみた

迷った挙句、数時間前に、星湖舎代表さんにメッセージを送ったところ、しばらくして返事をいただいた。本日(昨日)メール便で発送したところだったそうだ。恐らくは、8日あたりに届くだろう。「文學界」11月号発売日の明日(今日)は、外出の予定で、もし該当誌を見つけたら購入しようと思っていたのだが、危ない危ない・・・。といっても、書店に並ぶのもおよそ8日だろうと、代表さんは言っておられた。

新創刊にあたり、誌名を、「星窓」から「星と泉」に変更されたそうだ。

というわけで、かの誌に同人誌を送られたみなさん、8日ごろにお手許に届く予定のようです。

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2008/09/24

購入本

KanYukidoke 新宿の地下街サブナードで恒例の古書市「古本浪漫洲」がたっていたので、覗いて、2冊買ってしまった。9月1日からやっていたのだなぁ・・・。

永井荷風「雪解」が300円、野坂昭如「姦」は1000円。しめて1300円。
「雪解」の状態はかなりよろしくないが、これは、見つけてしまったからには、買っておかざるを得ないでしょう。
野坂は「マリリン・モンロー・ノー・リターン」のハードカヴァーも同じく1000円で出ていたのだが、我慢した。岩波現代文庫・野坂昭如ルネサンスの③に入っていることだし・・・。

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2008/09/19

トップ画変更

Illustratorをいじくって、錯視図形を自作したものだから、思わずトップ画像にしてみたのだけれど、今一動きが鈍い。あまりに細か過ぎただろうか??? もうすこし大雑把に作ったほうがいいのかもしれない。中心部分まで、あまりに細かく作りこみ過ぎてしまって、データが重い重い。

2左が元図。
描き方のコツは掴めたし、もうすこし試行してみようかな。また、トップを入れ替えるかもしれない。

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2008/09/07

入手本の記録

Buguniao_jiaode_na_yishunjian 3日ほど家を空けていた間に、左の本、残雪の「カッコウが鳴くあの一瞬」が届いた。Tさん、感謝いたします。

収録作品は、

阿梅、ある太陽の日の愁い

雄牛
カッコウが鳴くあの一瞬
曠野の中
刺繍靴および袁四ばあさんの煩悩
天国の対話
素性の知れないふたり
毒蛇を飼う者

暗夜/戦争の悲しみ」は厚いが、こちらは薄め(170P)なので、「痕」を読み終えたら、こちらを持ち歩こうか、と思ったが、「暗夜」は読了次第人に貸す約束を、それもふたりまでしていたのだった。あちらをとっとと読み終えねば・・・。

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2008/08/26

残雪に関する覚書

ゆっくりと、「暗夜/戦争の悲しみ」を読んでいる。

今のところ、先日の「帰り道」から遡って、残雪の初期短篇2篇、「阿梅、ある太陽の日の愁い」「わたしのあの世界でのこと  友へ」を読んだところだ。どちらも10Pに満たない非常に短い、悪夢に似た短篇。
このブログでは、作品に即して、あるいは作品に沿って、色々と書いてきたが、あまりにも比類のない残雪の世界は、その比類なさのゆえに、その癖のようなものを見つけたいと思う。
そう、小説を書いているだれもが模索しているだろうパラレル世界の文学にも思える残雪は、その特異性が、読み取りさえも困難にする。イメージに溺れていればいい? それにしては、「わたしのあの世界でのこと  友へ」に表れる、「わたし」の語りの詩情はなにか? 不条理とは呼びたくない。条理があるというのではないけれど、イメージが連なり、言葉が連なるとき、残雪が、その場その場で、そのイメージ、その言葉を書き付けずにいられなかったなにかがあるはずだ。
彼女のプロフィールを知れば、例えば、スパイや密告者、異質なものを排斥しようとする周囲の人々に、意味づけすることはそれほど難しくもない。だけど、それなら彼女の小説に現われる肉親者たちの在りようはどうか? それより、「わたし」たちが「わたし」以外のすべての世界といかにして触れているのか? 外部といっても、「わたし」が肉体をもっているかぎり、「わたし」もまた世界の一部だ。「わたし」が外部ではない。それはまた、彼女の家の問題でもある。内側と外側という境界線の不透明さ。内側に見えていたものが外側でもあること。

これから残雪を読み進めるうえで、上に書いたことが足がかりになるか、それともまったく別のものが見えてくるか・・・。

とにもかくにも、今感じていることを書きつけて、先を読もう。

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2008/08/18

ご無沙汰さま

一ヶ月以上休み続けている。
ところが、その間に読んだ小説もない。マンガなら、色々読んでいるが、文字だけの本が、まったく読めていない。
Can_xue_bao_ninh_2 待ちに待った、池澤夏樹個人編集世界文学全集の残雪、バオ・ニン「暗夜/戦争の悲しみ」は購入したけれど、待ちに待ったと言いながら、開いていない。ちなみに、残雪の作品の中でも、噂に聞く「帰り道」から読もうと思っている。

再開の計画としては、来月に、拙作の合評があるので、その報告あたりから、と考えている。
なにより、小説を読まないと・・・。

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2008/07/10

休止宣言

私事により、しばらく休止します。

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2008/07/06

同人雑誌評終了というビジネスチャンス

文學界」の「同人雑誌評」の終了は、考えようによっては、文芸の世界における新たなビジネスチャンスにもなる。もちろん文芸同人誌そのものが衰退していると認識されている現在、その商域はきわめて狭く、チャンスといえるほどのものではないともいえるのだが、そもそも文芸なるものが衰退を言われて久しく、そのとき、文芸愛好家に占める文芸同人誌関係者の取り込みは、文芸という狭い商域のなかなら、ある程度の意味を持つだろう。
また、それをビジネスなどと捉えるのではなく、前向きな姿勢として、「文學界」がやめるなら、うちがやってやるといった文芸誌が現われるとしても不思議ではない。文芸誌にかぎらず、同人誌の批評の場を提供しよう、というなんらかの媒体が現われてもいい。
だが、ビジネスであったとしても、いっこうにかまわない。私は、資本主義経済下に生きているし、弊誌もそこで出しているのだから、ビジネスになることを否定するつもりはない。たとえば、いわゆる書評にしても、広告としての意味合いは否定できない。「同人雑誌評」宛てに同人誌を送ることは、とりもなおさず、書評誌に著書を送ることと同じであり、書評誌に著書を送るのは、書評が目当てだからであり、その広告効果を期待するものだ。現在の書評誌が、書評という名の広告によって、出版社や著者からいくばくかの謝礼なり広告料をせしめているかどうかを私はしらないが、いわゆるグルメ記事などが、記事の名のもとに広告をおこなって各店から広告料を取っていることを考えれば、書評でもそうしたことが起きていたとしてもまったく不思議ではない。そうした猜疑が、書評なるものにたいする疑心を拭わせないのだが、それでも、文芸にたずさわるものの良心を信じていれば、真に誉めるに値すると思えなければ、書評を書かないだろうとも思う。悪書でも、金が取れるなら誉める、ということはないと信じたい。送られてきた本が良書だったので、書評を書くから、広告料をくれませんか、といったやりとりではないかと思う。
いや、そんなことはないな・・・。これでも、私も出版関係に多少の絡みをもつが、かねて、書評に金がかかったという話を聞いたことがない。

さて、なにを言っているかというと、某サイトからメールが届いたのだ。

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原稿用紙換算枚数という基準

雪さんにいただいた宿題を、考えてみる。

小説の長さを測る基準は、原稿用紙換算枚数であり続けている。なかには、手書きで書いている小説家もいるし、同人誌に小説を書いているひとにだって、いるらしい。だけど、それが少数派であることはまず間違いない。今や原稿用紙換算枚数で、小説の長さを測るとき、書いたデータをいちいち組み替えて、計算しなければならない手間を強いられている。40行×40字に設定して、計算を簡単にするといった工夫もあるが、たとえば私的な話をすれば、私は同人誌発表が基本だから、もとより同人誌の組みに設定したワードに書いている。そのため、原稿用紙換算しようとすれば、組み換えをおこなう。もとより、原稿用紙“換算”という言葉遣いが一般化したのも、ワープロの普及以来ではないだろうか。
かといって、昔から疑問だったのだけれど、英語などの小説の長さを測るとき、単語数が基準のようだが、いったいあれはどうやって数えているのだろう? まさか、いちいち手で数えているとは思えず、おおよその数でしかないだろうと思えるが、現在に関していえば、たとえばワードなら、プロパティで文字数が出てくる。もちろんそれを400で割ったところで、原稿用紙換算枚数になるわけではないが、おおよその目安にはなる。そうした「おおよそ」という点は、英語等の単語数の「おおよそ」と変わらず、すなわち、小説の長さについて、20枚とか100枚とかあるいは1000枚というときに、ほんとうは18枚でも95枚でも、あるいは970枚や1005枚だって、そういってしまうだろう、といった振幅の範囲内だろうということだ。

小説の長さの提示は、なにに寄与するだろう?

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2008/07/05

映画封印宣言

昨日突然の呼び出しを受け、歌舞伎町で台湾料理など食しながら、同人の某氏と呑んでいたのだが、そのさい、このブログで、映画について書くのはやめておけ、と言われてしまった。たしかに、私には映画を語るセンスがない。その自覚はあるつもりだから、中途半端になりもして、なおのこと、詰らない、ということらしい。
ふむ、やっぱり映画は封印したほうがよさそうだ。
そもそも観る映画の選択にセンスがない、とまで言われてしまった。あれらの選択には、わけがあるのだが、それは書かずにおこう。でもさ、「暗いところで待ち合わせ」とか「クワイエットルームにようこそ」もセンスがないの? それにね、私って、ダイアナ・ロス&シュープリームスはCDも持っていて、けっこう好きなんだ(私にとって、CDを買うというのは、それだけで稀有なことなのだ)。だから「ドリームガールズ」という選択も、私としては、必然だったのだよ、などと言い訳しておこう。

と・・・、それでは、文学については、語るセンスがあるということか? という疑問が私の胸を掠める。某氏の意見は、換言すれば、そうゆうことにもなってしまうのではないか? あれはあれで、誉めてくれていたのかもしれない。

なんか、言いつけみたいだけど、そう言われたと書いてもいいから、封印しろ、とまで言われてしまったもので、封印の宣言。

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2008/07/02

自作解題の是非

私的考察だよ。

書いてみて、あまりにあやふやなので、すぐに消しちゃう気がする。よって、リンクはいっさい貼らない。

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2008/07/01

やっと

〆切を一日過ぎてしまったけれど、ようやく終わった・・・。
ふぅ・・・。

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2008/06/28

検討中

トップバナーをいじくっているうちに、ブログタイトルが気になりはじめてしまった。今のシンプルなタイトルは、大上段にかまえた感じがしてきた。偉そうかなぁ、と・・・。
かといって、すでに一度変更しているし、リンクをくださっている方や、登録されている方を煩わせるのも、申し訳ない。アドレスは変わらないのだから、お気に入りやRSSの登録にはさしたる問題はないにせよ、それでもね。

ところで、トップバナー、重過ぎですね。

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切羽詰って・・・

かなり切羽詰って、仕事中。そうとうヤバイ状況coldsweats02

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2008/05/28

面白~い!!!

やばい! なんの気なしに軽く開いてみたら、とまらない。これは久々の大ヒットだflair この読書が遅い私の、まして少々スランプ気味の今なのに、あっという間に1/3くらい読みすすめてしまった。

えっ? なにかって?

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2008/05/24

入手本と私的一大事

Docteur_faustrollLe_voleur_denfants まず、この前の記事で予言したとおり購入してきたのが、アルフレッド・ジャリの「フォーストロール博士言行録」。驚いたことに、定価(2200円)より安かった。国書刊行会のフランス世紀末文学叢書のⅥにあたるのだが、なるほど、かつて本屋に並んでいたはずのときに見かけなかったわけがわかった気がする。今回も、書棚をザッと見渡して、あれれ? と思ったのだが、イメージしていたのは、ユイスマンスの「腐爛の華」が同様にフランス世紀末文学叢書に入っていることもあり、私の書棚に入っている「腐爛の華」のような大きな本を予想していたのだ。ところが、わりとちっさい本なのね。とはいっても、今回、あれれ? と思った理由は、ちょうどそのとき別の方が手にしておられた、ということもあるのだが・・・。
さらに、左のとおり、やはりというべきか、澁澤龍彦訳ジュール・シュペルヴィエルの「ひとさらい」も買ってしまった。薔薇十字社刊の装丁も美しく、かつ、シュペルヴィエルの長篇で、本のコレクターでもなければ装丁はともあれ、澁澤が翻訳したシュペルヴィエルの長篇というのに惹かれて、買ってしまった。
そのうえ、またしても、カプチーノをサービスされてしまった。店長さん、ご馳走さまです。カフェを名乗るだけあり、コーヒーも凄くちゃんとしていて、美味しいお店なのだ。

Bungeishi_o_42 そして、「文芸誌O」の第42号がもう届いてしまった。週明けくらいを予想していたのだが、意外と早く届いた。編集人様、ありがとうございます。いまのところ未読の同人誌が溜まっており、しばらく時間をいただきたいですが、おいおい拝読いたします。ちなみにWeb版も公開済み。ここ

色々な同人誌小説を開いては摘まみ読みしているのだけれど、どうしたことか、食指の反応が鈍い。

これより下は友人知人のみなさまへ、お願いごとも含んでおります。

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2008/05/22

明日の予定・心積もり

いまだにSOLD OUTにならないところを見ると、どうやらフォーストロール博士は私を待っているらしいので、明日は新宿へ出るまえに千駄木経由で、例の古書店を訪れよう。
ちょっと高いんだけど、澁澤訳シュペルヴィエルも買っちゃいそうだなぁ。

ただ、かの古書店は、開店時間が不定で・・・。まぁ、夕方ごろに着けばよいだろう。

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2008/05/20

欲しいけど・・・

昔手帳に見つけたら買う本のリストを書きつけていたが、あまり見もしなかった。今、見直してみると、なるほど欲しいな、と思う本と、これはいいや、と思う本がある。そのなかには、絶版になっている本も少なくないのだが、やっぱり欲しいほうに絶版本が多いのも悲しい。

Docteur_faustroll そんな悲しい本のひとつが、アルフレッド・ジャリの「フォースロール博士言行録」なのだが、某古書店で、2100円で出ている。ネット販売はしていない。場所は千駄木。そう、以前「青い花」を買ったところ。だけど、あの頃のように、勤め人ではない私にとって、千駄木って、遠い。新宿通いの私だが、千駄木って、行きづらい。

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2008/05/08

今更だけど・・・

携帯電話から。

今になって、「冬女夏草」の決定的な弱点に思いいたった。
なぜあれほどまでに駄目だと思ったのか、なにが足りないのか、ようやくわかった。どうしようもない後の祭りcrying

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同人雑誌評終了について、他

Bungakukai0806

最初に、「お疲れ様でした」と最後の同人雑誌評を書き終えられた大河内氏に、感謝を込めて書いておこう。

だけど、そのうえで、あえて書く。

まず、同人雑誌評の終了について、やはり読売新聞の記事だけではわからなかったことがある。なにより終了は、「文學界」編集部から申し入れてきた、ということだ。言い出しっぺは、評者たちではなく、編集部だったらしい。このとき、しばらく休養を余儀なくされた大河内氏の体調、あるいは高齢という事情を斟酌したであろうことは想像に難くないが、かといって、評者、とりわけ大河内氏が、それを甘んじて受け入れたことは、後で触れるとして、「文學界」の購読者に占める「同人雑誌評」目当ての購買者の数は、すでに「文學界」あるいは、文藝春秋社にとって、意味のない数字になっていると考えられよう。

 よくもここまで同人雑誌と係わったという感慨のもとに、私としては先月五月号本欄のタイトルを「週刊読書人」の時代も含めて「三十有余年」としたのだが、「文學界」に限って言えば二十七年間になる。編集部でも幕引きの好機と見なしたのか、同人雑誌評のコーナーを今年いっぱいで打切る計画のようである。私の感慨のいかんにかかわらず、同人雑誌減少の現在、「文學界」ではすでに予定のことだったであろうが、減少傾向は、この二ヵ月続いている。私が初めて執筆した頃は百二、三十冊を維持していた。

上が、今回の大河内氏による「同人雑誌評」の書き出しだ。なんとも曖昧な書き方で、苛立つ。大河内氏の三十有余年や二十七年がなぜ、編集部にとって幕引きの好機なのだろう? 感慨深げに「三十有余年」といった文章を大河内氏が書いたことが、編集部に待ってましたとばかりに、同人雑誌評の終了を言い出させたようにも読めるし、それ以上に、「計画のようである」とは、なんとも曖昧だ。評者諸氏の気もち次第にも、または新たな評者があれば継続するようにも読める。「打ち切りになることが決まった」と断言していた新聞記事は、さすが新聞ということか?
また、減少傾向を「この二ヵ月」と言われては・・・。すくなくとも「文學界」に届く同人誌の絶対数が減ったことは、たしかだと思う。だが、およそ2~3月に発行されたはずの時期にあたる「この二ヵ月」は、一年のなかで発行数が少ない時期にあたることくらい、三十有余年の同人誌評者なら、わからないはずがなかろう。正直にいえば、ボケたとしか思えない。
などというのは、あまりに口が過ぎる。それなら、下手な言い訳だな、と言おう。なぜなら、大河内氏は、わかっているのだ。

 しかし純文学志向といったものが時代錯誤的孤立感を深める中で、同人雑誌を老人雑誌と陰口をきかれる推移は留めようもなく、文壇解体の流れは加速されて同人雑誌を飲み込んでいった。一方では文壇などすでに眼中になく、純粋な研鑽の成果を発表する場として自足していた同人雑誌も存在したし、文学同好会誌、もしくは短歌、俳句の結社誌と同様のものとして変質していった。それ故同人雑誌側にとって「文學界」の同人雑誌評の有無は必ずしも一律ではなかった。むしろ「文學界」同人雑誌評の存在すら承知していない人たちの方が大方で、このコーナーを多少の刺激剤として期待しているむきは、われわれが考えるほど多くなかったのであろう。

「同人雑誌評の有無は必ずしも一律ではなかった」という文章には、首が傾げるが、おおよそ言いたいことはわかる。そしてそのとおりなのだ。例えば、文学フリマに参加している人々のいったい何人が「文學界」の同人雑誌評なるものをしっていただろうか? あるいは、知っていて無視していただろうか? 今も若い書き手はいくらでも現われている。評者たちは、例えば、岩代明子さんという比較的若い書き手を同人雑誌優秀作として「「文學界」で紹介している。今回の優秀作の鮒田トトさんも、40代なのだから、けして老人ではない。
では、なにをもって大河内氏は高齢化というのか? ここで見るべきは、彼が好んで使う「文壇」というコトバではないだろうか? 上の文章を見れば、彼は「文壇」は解体し尽くしてはいないが、その流れがある、と言いたいらしい。小説家や評論家らがいる世界を文壇というなら、小説家も評論家も存在している現在、それはたしかにあるし、解体のしようもない。だから、大河内氏の言う「文壇」とは、もっと狭義のなにかである。例えば、野坂昭如が小説のタイトルに据えたような「文壇」のことでもあろうが、野坂の「文壇」はもっと狭義であり、職業作家たちの盛んな交流、例えば文壇バーなどに集ったその場のようなものだっただろうが、大河内氏がいうのは、それと同様の、あるいはその延長のような交流が同人誌にもあったという幻想である。いや、幻想というのは失礼だろう。たしかにそうした交流がなかったとはいわない。小説家や評論家と同人誌の書き手たちが、交流する場があったのだろう。そしてそうした場所に存在していた同人誌が、高齢化の憂き目に合い、若手を取り込めずに、衰退したというわけだ。
だとすれば、「文學界」の同人雑誌評が相手をしていたのは、そうした同人誌だったということだろうか? あえてそれをとりあえず同人雑誌と呼ぶとして、同人雑誌ならざる同人誌が存在していることも、上の文章を読めば、大河内氏は充分に承知しているし、また、今回も「星座盤」という若い書き手たちによる同人誌の創刊号から作品を取り上げている。
「同人雑誌」とか「文壇」といった狭い視野が、同人誌を高齢・固定化などと、読売新聞に書かせた。

しかし、このとき考えたいのは、「同人雑誌評」という欄が、誰のものだったか、という問いだ。
すなわち、大河内氏が「このコーナーを多少の刺激剤として期待しているむき」などと謙虚に口籠もりながら言う人々、すなわち読み手の側にだって、大いに問題があったはずだ。同人雑誌評というコーナーを「文學界」のなかの継子に仕立てたのは、ほかならぬ、同人誌の書き手たちにほかならないのではないか? 同人誌の書き手以外の誰も見向きもしないコーナーなど、継子にならざるを得ないし、そうなれば、毎回新人賞と同じ号に掲載される同人雑誌優秀作だって、継子そのものだろう。
かといってねぇ、素人の作品をいちいち読んであれこれ言ってくれる、たしかにありがたい存在だったとはいえ、その在りようにかまけていられるわけもなかったのだよな。
同人雑誌とやらと文壇とやらが蜜月を誇った時代であれば、なるほど、継子ではなかったのかもしれない。しかし、同人誌は同人誌であり、文壇なるものと隔絶して存在している。

そう考えれば、同人雑誌評の終了、喜ばしいではないか。私たちが作っているのは、同人誌であって、大河内氏が言う同人雑誌ではない。文壇なるものに諂う義理も道理もない。よきかなよきかな。

正直に言えば、かなり残念に思っているのさ。だからこそこの際、悪態でもついて、同人雑誌評の終了を歓迎しようよ、ってことで・・・。

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2008/04/29

欲しい本、備忘のために

Tyugokugendaibungaku1_2 これが欲しい。残雪の翻訳が載っているようだ。

明日、ジュンク堂で探そう。

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2008/04/16

文学フリマのHP

文学フリマのHPは再三リンクを貼っているが、改めて改変されたその中を見てみたら、年表に掲載されている昨年の写真のほぼ中央が弊誌のブースだった。あのみかん色の表紙は22号に間違いない。

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2008/04/13

同人雑誌評を巡って―そして入稿

Bungakukai0805胡壷・KOKO6号に掲載されていたひわきゆりこさんの「象のテラス」が、「文學界」の「同人雑誌評」に取り上げられたのは、3月号だった。評者は松本徹氏。ところが、今月発売の5月号で、大河内昭爾氏が再度取り上げて、あまつさえベスト5に選んでいる。とても面白い出来事だと思う。
もちろんそれは「象のテラス」がある水準に達しているから相成ったわけだが、そうした水準を超えたところでは、もう評者の好みの話なのであり、「ベスト」などと言いつつも、優劣と言いうる絶対的な批評などない、と暴露したことになるだろう。じつをいえばそんなことは言うまでもない、とも言えるが、「ベスト」と言い、半年に一度「同人雑誌優秀作」を選出している同人雑誌評の評者のなかでもリーダー格にある大河内氏が、改めて、同人雑誌評という場で、そうした優劣の在りようを示したことには驚きさえ感じられる。まして、その書き振りが面白い。

 ひわきゆりこの作品は前から感性の良さを感じている。つまり文章のリズムが好きなのである。三月号で松本徹氏が取り上げているが改めて論じたい。「象のテラス」(「胡壷」6号、福岡市)にも自然体のゆとりを感じる。とりとめのない話の運びなのに魅力があって、私のぼんやりした気分に逆らわない。・・・以下略

「感性の良さを感じ」ると言いながら、「好きなのである」と書き、それはまるで、普遍的な「感性の良さ」を否定し、あくまで大河内氏の基準に沿う「感性の良さ」に還元してしまう。あまつさえ「私の・・・気分に逆らわない」からこの小説は優れている、というわけだ。ここには、ひわきさんの「感性の良さ」を看取できなかった松本徹氏にたいする遠慮が見えるようでもあるが、そうした遠慮がちな口振さえ、批評の普遍性、作品優劣の絶対的な普遍性の否定が、批評者自らによって吐露されてしまった結果なのだといえよう。

こんなことをしてしまったからには、この際ベスト5とか同人雑誌優秀作なんてことは止めてしまうのが妥当ではないか? とさえ思えてくる。自らの同人誌評とのかかわりを巡って三十余年を振り返り、昭和60年当時にはかろうじて認められた文学界による同人誌への期待が、懸賞(新人賞)制度の確立によって今やすっかり失われたことを認識するらしい今回の書き出しを見ても、そう思う。
「同人雑誌評」を継続するなかで、これと思う書き手には、「文學界」は無理でも、「季刊 文科」にでも精力的に書かせればよいのではないだろうか? まぁ、今でも例えば玄月といった書き手を輩出しているといった自負があるのだろうし、「季刊 文科」にそうした作家輩出ができないこともわかっている、ということなのだろう。

ともあれ、ひわきさん、ベスト5おめでとうございます。
なんだかんだいっても、やっぱり嬉しいですよね。私も嬉しかったですもの。まして今回は、こうした経緯があったのだから、まさに僥倖。喜んで当然だと思います。

ちなみに、今回の「同人雑誌評」では、「季刊 遠近33号掲載難波田節子さんの「ハンモックのある庭」も取り上げられている。

今回、自宅就労という閉じ籠り生活をしていたら、7日に7日であることに気づかず、「文學界」」の発売日を逃してしまった。
ところが、大宮のルミネに入っていた書店が潰れ、ヴィレッジ・ヴァンガードになってしまい、大ターミナル駅であるはずの大宮でさえ、「文學界」を入荷する書店は、駅構内ecuteのリブロかロフト内のジュンク堂しかなくなってしまった(ちなみに、ロフトの中にもヴィレッジ・ヴァンガードがある。ヴィレッジ・ヴァンガードが嫌いではないが・・・)。あげくが、どちらも入荷数がすくないらしく、発売日を逃したら、とたんに品切れだった。結果、新宿まで足を伸ばしたときにようやく手に入れられたというわけ。こんな僥倖が起きたときにかぎって・・・。
Gunzo0805 それで、文芸誌を眺めていたら、「群像」が第二回の大江健三郎賞を発表しているというし、さらに新人賞の予選通過者のなかにH.F.さんのお名まえがあるというので、手にとってみると、なんと円城塔が新作小説を書いて巻頭を飾っているではないか。というわけで、思わず購入した。
円城塔の新作「烏有此譚」は、冒頭部分を覗いたが、どちらかというと、「つぎの著者につづく」より「オブ・ザ・ベースボール」の系譜のようで、いやはや・・・、また退屈のようだ。とはいえ、まだまだ冒頭部分しか読んでいない。
H.F.さん、おめでとうございます。一次通過だって嬉しいですよ。私も昔の「早稲田文学」でしたが、一次を通ったときには、思わず「早稲田文学」を買ってしまいました。まして、とりわけ競争率が高いという「群像」ですから、充分誇っていいでしょう。

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2008/04/11

言語を巡るはじめの一歩

読んでもいいけど、詰んないよ。青臭いし。

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2008/03/22

編集雑記・驚き篇

なんと、ついさっき、家庭等諸般の事情からゼミを離れておられた方からメールが届いた。100枚程度の作品を今年の「木曜日」に提出したいと・・・。

これでKさん休載の分が埋まり、私が短い以外は例年どおりになりそうだ。

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2008/03/18

編集雑記

とびとびだが、「木曜日」の原稿が集まりつつある。今日も、1本届いた。とはいえ、コラム。いつもは長いものを書いてくれるヒトが、今年は休載してコラムだけ。
長い作品は、ギリギリまで届かないものだ。短いものほど早く届く。もちろん、短ければすべて早いというわけではない。むしろ、長いもののほうが、〆切を守る傾向にある。
おそらくは、短いものはいつでも書ける、といった余裕に流されるのだろうけれど、逆に、長いものを書くひとは、それなりに書き慣れていて、ペースを掴んでいるという見方もできる。
しかし、今年は〆切厳守を言い渡しているから、〆切超過は許しませんぞ。
去年〆切を守らなかった3人に釘を刺しておいたほうがいいかな? そういえば、毎年コラムしか書かない方がいるが、彼も去年は〆切を守らなかったな。彼には、昨日メールを送っていない。信用しているからではあるのだけれど、やっぱり釘を刺しておくか。去年は、うっかりしていたらしいが。それに、コラムは穴埋めで、ページ数も1Pに決まっているのだから、多少遅れてもさしたる支障がないこともたしかではある。
ここ数年最後の提出になっている人物がいるが、彼は自ら、間に合わなければ休載と言っているので、かわいそうでもそうなるだろう。あともうひとり、いつも遅れる方がいるが、はたして今年はどうなるか???

巻頭については、やはり考えている人物にしたいと思うが、とりあえず作品を見て考えることにしよう。問題なさそうなら彼にするつもり。

表紙については、ほとんど気持ちが固まってきた。
毎号傾向が変わるのはよろしくない、というのが、その根拠。かといって固めてしまうのも詰まらないが、せめて2・3回はおなじような傾向にしたい。なので、昨年同様に「えっ?!」というような少々きわものの表紙を目論んでいる。また怒られるかも・・・。きわものは賛否が極端に分かれるんだよなぁ。去年なんか、過去最高という方と怒る方に二分した。

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2008/03/16

今日買ってきた本

Risu どうにも、アナトーリィ・キムの「コサック・ダヴレート」が頭から離れないので、この際読んでみようと「リス」を買ってきた。長篇なので、「コサック・ダヴレート」ほどとんでもないことはないと思うが、もしかしたら、大仕掛けの仕掛けが見られるかもしれない。
ちらりと覗いてみると、「私」と「僕」という語り手が見られるし、「あなた」なる二人称も見える。おとぎ話というが、あなどらずにかかったほうがよさそうだ。

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2008/03/13

技術と推敲

野坂昭如は、まったく推敲と言うものをしない、と豪語していた。というより、読み返したこともないという。およそ疑わずにいられないが、でも彼のあのリズムがある文章は、たしかにいじれないだろうという気がしないではない。いじってリズムを作るという方法もあるだろうが、それは勢いを削ぐ気がして、勢いとリズムを両立させられるのは、書いてしまうことのなかにしか生まれないのかもしれない、などとも思う。
詩が観念的なもののように言われ、自動筆記のように書かれるものだと言った誤解が多いけれど、シュールリアリズムの手法である自動筆記にしても、じつは自動筆記で立ち顕れてきた言葉を練っていく作業を経てこそ詩になった。
石川淳の小説が、初期のものは、構成などはかなり出鱈目だけど、晩年になると、ひとつひとつのセンテンスにさえ出鱈目なものが表れてくる。あれっ? これって文章になってないじゃん! とか、まえの文章とつながらないぞ、とか。そう、破れてくる。彼くらいになると、技術なんてどうでもよくなってしまうのかもしれない。

そう考えていくと、直しこそ技術、という気がしてくる。itu:kairouさんの記事に頷かされる。概念としての小説の完成度をもとめていけば、直しを重ねたほうがよいのだろう。もちろんそこには、小説の概念、小説教室的なフローチャートを踏まえる必要がでてくるわけで、すなわち、主題論的にいかに上手に書きたいテーマを伝えるか、といった技術になる。

だが、実験的な小説が、主題論的ではないというわけではなくて、実験が主題になる実験小説ならいざしらず、例えば、松浦理英子の「裏ヴァージョン」という小説が、仕掛け(実験)が仕掛けに終わるのではなくて、その仕掛けこそが、彼女が常に追い求めてきた関係性の困難という主題を切実に表出していた。そうした仕掛けが主題を表出する小説なら、諏訪哲史の「アサッテの人」についても言えるだろう。"文"学というなら、人間でも社会でもなんでもいいが、それらを語るために、文章やコトバになにができるのかを追及してこそ、そう言えるのではないか、と思えば、やはり既成の技術に頼っていたのでは、もの足りない。
論文には、形がある。すなわち技術だ。新しい論旨(主題)を伝えることが目的だから、むしろ型にはまっていなければいけない。小説も、真に伝えるべき主題があるなら、そうした型にはまり込めばいいのかもしれない。
だけど、そうした主題はすでに失われたというのは、柄谷行人が「近代文学の終り」で書いたことだが、柄谷に負うまでもなく、大きな問題の不在はすでに何度となく言われてきたことだし、彼はそれを論証してみせただけだとも言える。もちろん、論証に意味がないわけではなく、大いに重要だとは思うが、だけど、それはそれでやはり嘘で、大きな問題ではなくても、個々の抱えた問題なら絶えず生産され続けている。個々には、切実な問題がつねにある。存在論的といってもいいし、クオリアといってもいいが、語らずにいられない問題が存在する。ところが、そこにはすでに新しさはない。すなわち新たに書かれる必要性がないのだ。個々には語らずにいられない必然性があっても、読む側にしてみれば、べつに貴方の問題を読まなくても、すでに同じような問題は溢れているから、それを読めば充分だよ、ということになる。
さてしかし、文章・言葉の問題として考えたときには、技術に偏りながらも、いまだ触れたことのない言葉・表現に出会うことはある。私がチマチマと細部に拘るのも、これゆえと言える。逆にいえば、そうした読み方でしか、多くの小説に期待できるものがない、ともいえよう。再生産ばかりが横行しているから、細部しか読むところがないといってしまってもいい。
例えば納富さんの「水の音」の水の描写には、たしかに読むべきところがある。では、あそこに辿りつくことは、例えば私に可能だろうか? 例えば、今書いているものに推敲を重ねれば、ああした描写が生まれるだろうか? もちろん、納富さんの再生産ではない、私の描写ということになるわけだが、推敲が技術的なものではないものになりえるか、という問題と言えるかもしれない。

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2008/03/12

報告

またしても、デジタル文学館所収の拙作ふたつの感想が届いた。嬉しいな。もちろん、褒めていただいたとはかぎらない。弱点を指摘されるのは、嬉しい。今後につなげたい。のみならず、前回についてもそうだけれど、質問してくださったので、こちらもそれについて答えようとして、もういち度考える。非常に有意義。

ありがとうございました。

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2008/03/06

今度こそ休止宣言

思うところあり、ここに創作日記めいたことを書くのはやめようと思う。そして、読書に特化したい。これまでも休止などと言いつつ、なんやかやと書いてきたが、今度こそ、3月いっぱいは休止する。

ほんとうは、休止ではなく、いい加減で、読書記事を書こうと思い、コルタサルを開いたのだが、やはり推敲途中の今は、「このアイデアは、使えるかな・・・」とか、「そうか、こんなふうにもっていくのも、手かも」とか、気が散って、全然頭に入ってこないのだ。
いったい去年はどうだったろうかと、去年の2~3月頃の記事を見て回ってみたが、エメなんかを読んでいるじゃないか、と思ったら、やはりその間は創作が停滞していたようだ。

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作品温暖化未然

気候と同様に温まってきたということだろうか? ファイルを開かずに、記憶だけで手探っていたら、ふたつほどアイデアが出てきた。

まずひとつは、いらないと思う部分が出てきたので削除。2行減った。

もうひとつは、終わりちかくの段落をひとつ、まるまる書き換えたいと思いはじめている。イメージも浮かんでいる。だけど、それがはたしてよいか、と、迷いがまだある。
もうすこし頭のなかで検討しよう。検討するうち、今浮かんでいるイメージとは別のところへいく気もする。

と、辿っているうちに、今浮かんでいるイメージは、あまりにも終わりにむかうカタストロフめいていると思えてきた。それはイヤだ。
かといって、元のままというのは、もの足りない。もの足りないというより、考えが足りない。カタストロフに陥ることなく、あれを使いながら・・・。やっぱりあれにケリをつけなければいけない。直喩による曖昧化でカタストロフをやり過ごすか?

いずれにしろ、もうすこし温めよう。

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2008/03/03

「木曜日」24号に向かう

木曜日」24号の表紙案をふたつ作成してみた。
PDFにして、ここに提示、同人に意見を聞こうかと思ったのに、どうしたわけか、IllustratorからPDFへ、書き出しがままならない。残念。

そんなことをして、「木曜日」24号ファイルを見ていたら、ついついファイルを開いてしまい、新作を読み返し、2・3の修正を施してしまった。といっても、言い回しや誤字(あいかわらず見つかる)の修正ていど。ワンセンテンス増やしもしたが、一行に満たない。
こんなふうにしょっちゅう覗いていたのでは、細かい修正はできても、大きなところの修正にはいたらない。全体を見渡したときに、必要なもの、不要なもの、というのが、客観的というか、時間経過のなかで立ち上がってこない。堪え性がないなぁ・・・。

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2008/03/02

原稿到着

昨日、いつも一番乗りの方から、原稿が届いた。先日会ったときに、いつ送ればいいかというから、3月末日までに送ってくれればいいと言ったのに、3月の1日にくれるとは、なんというか・・・。
私が載せると決めたのだから、これで3人4作品が確定した。とはいえ、今のところ短い作品ばかり。読み応えがあるといえる長さの作品は、まだまだこれからだろう。そうした長さが期待できる同人は、今年は3人。長めの作品が期待できる方のひとりがすでに提出しているのだが、短いとはいえ、2作だから、それなりにページは稼いでくれた。もうひとり期待できた方が休載で、私も短い。今年のページ数は200を切るかもしれないが、それでも150はいくだろう。ところで、ここまでの4作品すべてが、奇数ページ数・・・。穴埋めエッセイ「目安箱」は間に合うんだろうか? まぁ、いざとなれば、作品によって、奇数ページはじまりでもかまわない。ひとり2作掲載ならなおのこと、むしろ連続したほうがよいな。テーマも似てるし。
さてさて、そろそろ本格的に「木曜日」24号の作成に着手するとしましょうかね。

表紙は、いまだにフォーゲラーと一昨年同点決戦進出作品で迷っている。

それから、今年こそあのひとの作品を巻頭におこうと思っていた方が、今年は休載宣言しているので、どうしたものか。常時執筆していて今まで巻頭になったことがない同人は、私の記憶に間違いがなければ、現在3人のはずだ。上のおひとりの他には、私ともうひとりだが、もうひとりのほうは、現在連載中で、たしか今年最終回のはず。連載作品が巻頭では、これまでをしらないひとが白ける。
となると、私?
それはイヤ。編集担当とは、編集をする特権を与えられたものであるからして、作品掲載の順番は私の趣味で決める。自作を巻頭にするような恥曝しはしない。

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2008/02/28

「エクス・ポ」発見

Expo001エクス・ポ」誌の第1号をようやく見つけて、買ってきたのだが、これの中身が左の写真。なんとも、レイアウトに懲りまくり、写真の上に文章を乗せ、ましてルビに使うような小さなフォントで読みづらいことこの上ない。全ページがカラー印刷で、小さなフォントで詰めに詰め込んでいるとはいえ、これで、999円とは・・・。円城塔が連載しているけれど、もう買わない。

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2008/02/27

読者は誰か?

やっぱり凄く問題を抱えた小説なんだと思うけれど、例えば、アナトーリィ・キムの「コサック・ダヴレート」なんて小説を、その正否はどうあれ、とりあえずは辿ってみせたLydwine.とか名乗る不遜な輩ならどう読むだろうと、挑発の身振りで「木曜日」掲載を決意した。

かといって、Lydwine.としては、読み解きめいたことをするつもりは、もちろんないが。

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春の文学フリマ、ブース確保

文学フリマ事務局より封書が届いた。春の文学フリマ2008のブース取得のお知らせ。けして籤運が強い私ではないはずだが、4回連続当選で、文学フリマに関するかぎり、とてもラッキーだ。いよいよ「木曜日」も〆切厳守で、早めに作らなければならない。まだ、お金を振り込んでいないから確定とは言えないが、近々に振込みを実行するので、同人たちよ、よろしく! といっても、ここを見ている同人はほんの2・3人に過ぎないが。

なお、文学フリマ事務局通信によると、第七回文学フリマの日取りも決まったそうだ。もちろん、春参加の「木曜日」は参加予定なし。

昨年はかなり表紙に凝って、見た目を演出したわけで、その意味では文学フリマに合わせたようなものだったが、ところが売れ行きは最悪だった。雑誌の方向性が見えない、という弱点だったのではないか、とも思いはじめている。今年はフォーゲラーを目論んでいたけれど、それではまたおなじ轍を踏む気もする。もう一度シンプルにもどそうか? 一昨年同人たちにどれがよいかと投票してもらった表紙案のうち、同点決戦のすえ落選になった絵があるので、今年はそれにしようかな・・・。

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2008/02/26

可愛く憎く未熟な我がコ

全体のことを考えながら見直してみた。

すると、膨らませたいと思っていた部分が、いじれなくなってきた。もとよりいじれなくて悩んでいたのだが、いじってはいけない気がしてきた。仕掛けを盛り込んである段落だけに、ここを膨らませたりしたら、そうでなくても見えづらい仕掛けが、まったく見えなくなるだろう。違う仕掛けを施すことになりかねない。じつは、仕掛けを考えれば、全体のなかで、かなり重要な段落だと気がついたわけだが、そんな仕掛けは誰も気づかないだろうな、と思うと、小説(物語)のバランスとしては、やはりちょっと残念な段落ということにもなるわけだから、その両立が欲しいところだけれど、今の私ではこれが限界か・・・。
不遜を承知で、誰の小説に似ているだろうと考えたとき、仕掛けとしてはコルタサルを思い出さないでもないのだけれど、もちろんあれほどの完成度は望むべくもない。全体としては、誰にも似ていない、と言いたい。

ようするに、我がコがけっこう可愛くなってきたかも・・・。可愛く感じたり、憎らしく感じたり、両極を右往左往する時期にいる。それというのも未熟のゆえ。

今は寝かせて、まだ推敲途中のつもりだが、原稿用紙換算40枚で14200字。増えたり減ったりで、全然変わっていない。

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2008/02/24

チュルンを読書中&推敲のこと

やっぱりというべきか、ウニカ・チュルンの「メゾン・ブランシュでの休暇」を開いて読みはじめてしまった。現在、マンディアルグの序文「SAVOIR-VIVRE」と「ハンス・ベルメールとの出会い」さらに「ミステイク」まで読み進め、あとはいよいよ「メゾン・ブランシュでの休暇(抄)」。この本にはさらに「小児読本(抄)」も収録されている。

この翻訳は、なんかチグハグだ。どうしてマンディアルグの序文が「SAVOIR-VIVRE」という原文のままで、「ミステイク」は片仮名なのか、わからない。どちらも訳注がついて、序文は「処世知」だといい、「ミステイク」は「MistAKE」であり、「mist」はチュルンの母国語であるドイツ語では「糞」の意味になると但し書きがあるのだ。この訳注を見ればタイトルの扱いは、逆ではないか? 「ミステイク」こそ原文どおりのタイトルにして、訳注をつければよいのに。
さらに、「メゾン・ブランシュの休暇」と「小児読本」が抄訳であり、ところが「ハンス・ベルメールとの出会い」にも、じつは割愛した部分があるという。「メゾン・ブランシュの休暇」は仏訳版を真似たそうだが、やはり残念だ。

とはいえ、三人称で書かれたエッセであるチュルンのテキストに触れる喜びを満喫していることもまたたしか。エッセを三人称で書くということについて、ここで触れるまでもあるまい。小説ではないのだし、ここではこれ以上触れない。
いや、「ハンス・ベルメールとの出会い」のなかから、ハンスとの交際がはじまった喜びから、小説を一本書きはじめるくだりを引用しておこう。

 その夜、ランケ通りの部屋で、彼女は蝋燭に火を灯し、黒い口をぽっかり開けている書類鞄をじっと見つめる。すると、それは突然、大きな口を開けた巨大な魚へと姿を変える。このときの夢見心地の、幸福な、そして半ば放心した気分の中、ひとつの物語が完全な形で彼女の中に宿る。彼女は即座にタイプに向かい、この物語『黒い沼の黒い魚』を打ち始める。

物語が完全な形で宿る、なんて、じつに羨ましいかぎりだが、しかし、彼女がやがてアナグラムに傾倒していったことを思えば、物語が完全であったとしても、それをコトバに置き換えるときには、ただ物語られたものではありなかっただろう。このあとに付された訳注も引用しよう。

 『黒い沼の黒い魚』の長い物語は、「回想」からは大きく脱線しているので、ここには訳出しない。ただ、記憶によって再現された物語は、1951年に「ノイエ・ツァイトゥング」紙に発表された物語とはまるで別物である。新聞に発表されたのは、脈絡のある、ある程度まで退屈な物語であるのに対し、ここに再現されているのは、とりとめのない気味悪い幻想であることだけは指摘しておく。

こんなことを書かれたら、読みたいと思ってしまう。あくまで仏訳に倣ったというなら、別稿としてでも訳出して欲しかった。

随所に、「ああぁ、こうなりますか・・・!」と感嘆符なしには素通りできない文章に出会える。
「ミステイク」になると、なかなか困難な読書になるが、じっくり読むと、彼女がいた世界が、私がいるここでありながらなお、やはり違う場所なのであり、それはまたここがこことは違う場所であることを教えてしまう、という恐ろしいテクストになる。つながってしまうのだ。ウニカとは、世界という異界につながってしまった、そしてつなげてしまった肉体だ。そして、それをコトバにすること。
チュルンの出来事の連鎖のなかに意味を読み取っていくさまは、創作を生きることにも思える。

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2008/02/23

早速到着本

Zurn_shibusawaVacances_a_maison_blancheLe_paradis_de_la_femmeenfant そして、ほんの今、左の本が届いた。白いのが箱、ピンクがお目当てのウニカ・チュルン「メゾン・ブランシュでの休暇」、ブルーは澁澤龍彦によるベルメール論集成「ファンム・アンファンの楽園」。プレミアがついていると思ったら、消費税込みの金額として、まったくの定価だ。送料がかかった分だけ。私のように首都圏とはいえ都内でもない片田舎に住んでいれば、こうした特殊な本を売っている場所に出かける交通費を考えれば、よっぽど安上がりだ。ありがたい。
これなら、読書ができていない今でも読みたくなる。これをリハビリにしようか。

でも、澁澤のほうは、べつにどうでもよかったんだけどなぁ・・・。チュルンの本だけが目当てなら、ほんの87Pという小冊子でこの値段はやはり暴挙かも。大事に読もう。

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本日購入本

PanoramatoukitanQueremos_tanto_a_glenda_3 大宮のジュンク堂に行き、左の二冊を買ってしまった。コルタサルの「愛しのグレンダ」は、先月出ており、迷っていたのだが、なんとなく最初の10行ほどを読んだら、勢いがついて、買ってしまった。

江戸川乱歩&丸尾末広「パノラマ島綺譚」は、衝動買い。スキャナーは、金とか銀が出ないね・・・。
丸尾の絵は、嫌いではなかったけれどしばらくぶりに見てみると、ホワイトの使い方が素敵で、丸尾のクドイ絵に空気がプラスされていた。もとより江戸川乱歩は「見るひと」であり、まして「パノラマ島綺譚」はそれが収斂されたような描写の小説だから、映像的だし、逆にいえば、福永武彦が「海市」を映像的に書いたからこそ映像化を禁じたように、これをマンガ化することは、あざといというか、当たりまえすぎてズルイ気がしないでもないが、そのうえで、丸尾には、これを絵に出来る、という自信があった、ということかもしれない。「薔薇と拳銃」を描いた谷弘児がこれを描いていたらどうなっただろう、などと思ってしまうが、このマンガでは千代子の死の場面が「ハムレット」のオフィーリアを連想させて、これは谷弘児には描けなかっただろうとも思う。この場面、原作ではどうだったっけ???  Sir_john_everett_millais_2 ともあれ、ここは美しい。オフィーリアといえばミレーの絵が有名であり、この絵もそれを連想させるが、ミレーのオフィーリアが頭を左に向けていたのにたいし、ここでは右に向いている。横顔の在りようとして、左側は安心感、右側は不安感をあたえるといった効果があるが、このマンガでは、菰田源三郎(じつは人見広介)が横にいて、その横顔は右を向いているのだから、ミレーを模したと思しきこの絵でありながら、左右を逆転させることでその効果を生み出している。もちろんページ割のなかで、それが右ページだったということもあろうが、それはコマ割の仕方でいくらでもなんとでもなったはずだから、計算ずくだろう。

ところで、ジュンク堂でムージル著作集の第七巻「小説集」を眺めていて、ふと気がついた。私の書棚のどこかに「三人の女・黒つぐみ」があるはずだ。川村二郎訳で最初に触れたのは、失敗だったかもしれない。

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2008/02/22

非読書雑記

しかし、2008年になって以来ろくに読書の記事を書いていない。最近、このブログのアクセスは、なかなか恐ろしい数字になってきて、引き気味でもある。と言っても、ほんとうに読んでいないのだから、しかたない。
一日のアクセスが平均して250程度、300を超えることもざらになってきて、ユニークアクセス(訪問者数)だけを見ても、100を下回ることはきわめて少ない。滞在時間を見れば、最後まで読んでいる方は少数派なのも見て取れるが・・・。
まぁ、日に数千のアクセスを誇るなんてブログもあるらしいから、たいしたことはないのかもしれない。一年半(にならないか)ほど続けて、記事も貯まれば、検索にかかるワードの数も増えているわけで、それゆえ一見さんが多く、リピーターがすくないことこそ、残念というべきだろう。
などと、またしてもアクセス解析に踊らされてみる。
鞄には某同人誌を入れてあるのだけどなぁ。読む気になれないんだな。いや、その同人誌が悪いのではなく、私が開かないのだ。

書きもののほうは、どうすればいいのかいぜん悩んでいるが、手がかりが浮かびつつある。メモの代わりにも書きとめておこう。
まず、そぎ落とした枝葉が、やはり必要らしい。ただし、まえの在りようは気に喰わないので、べつの方法を考えたいが、今のところ、それが見えない。かといってそれでどれだけ物語が膨らむかというと、ほんのすこしだけにしておきたい。匂わせるていどの書き方にしたい。原稿用紙一枚も書きたくない。
もうひとつ、ここを膨らませるべきではないか、と思っている場所もあるのだが、これが難題。上の場合は場面・設定そのものが浮かんでいないが、こちらは、およそできあがっている部分を膨らませたいのに、その書き方が見出せない。書き方に悩むようではかなり難しい。
さらにもうひとつ。これは描写の問題。それはとりもなおさず私のイメージ喚起力、創造力に依存するが、段階的な過程を作り出していきたい場面がある。
その一方で、うるさい部分を削っていく。これは・・・、いや、これも・・・。だって、うるさい部分をかたっぱしから削ったら、ほとんど残らない。全体の半分くらいはうるさいといえる。どこまで削ればいいのか、かなり迷う。結局たいして削れない気もする。
結果としては、「木曜日」のページ割で1P、原稿用紙で3枚程度増えるかどうか、といったところではないかな・・・。書き足す枝葉はたいした量にならないとしても、膨らませる部分が見えていないので、今のところ自分でもわからないが、削ることも考えれば、5枚は増えないだろう。

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2008/02/20

欲しい本

Unica_zurn ←これが欲しい。ウニカ・チュルンの遺稿集。大宮あたりでは、ジュンク堂でも置いていないだろうな。池袋のジュンク堂かな・・・。明日の夜は、新宿に予定があるのだが、仕事のあとにすこし間があるから、池袋に出てみるか。いや、新宿に出るなら、新宿のジュンク堂か紀伊国屋をあたってみよう。およそ発行も少部数だと思われ、早めに手に入れないとなくなってしまいそうだ。
ただし、金額高過ぎ・・・。

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2008/02/19

こんなモノだろう!

なんとなく、なにを偉そうにこんなもん掲載できない、なんて言っているのか、という気になってきた。もとより、それが私の程度なのだろうに、いかにも、オレはもっと凄い小説が書けるんだ、とでもいうように、お蔵入りなどというほうが、よほどおこがましい仕儀ではないか? ダメだと思うなら、最後まであがいて、あがいて、できるところまで書いて、ダメなのは自分の器量と認めて、載せればいいんだ。私が書くものなんて、こんなモノだろう。

言うは易し・・・。

とはいえ、さっそく読み返す。

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2008/02/18

初稿に「了」を打つ

とにもかくにも、「了」の字を打った。原稿用紙でちょうど40枚。なんとも中途半端な数字だが、出来も同じ。
わけのわからない世界に入り込むこともならず、かといって、小説的なるものの在りようともほど遠い。ダメダメ・・・。凡才の私は、残雪とか、アナトーリィ・キムとか、ゴンブロヴィッチとか、ダニロ・キシュとか、忘れないといけない。

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2008/02/17

読んだ記録と、また愚痴

ふと思い出した。いつだっけ? もう忘れているが、つい最近、ネットカフェで岡崎京子の「ヘルタースケルター」を読んだのだった。一応、読んだ記録を残しておこう。

語り手が、あっちに飛んだりこっちに飛んだり、落ち着きがなくて、つど寄り添うべきところがコロコロ変わるから、苛々してしまった。りりこに集中しては、書き切れず、マネージャーが語り手なのかと思うと、メイクの後日談がナレーションに入る。検察官までが出てきてしまう。どこに寄り添っても、書き切れない、書き尽くせない、というには、ちゃんと出来たお話で、それでも岡崎京子なりに、ここを語る視点、こっちを語る視点、と迷っていたのだろうし、それはそれで面白いといえなくはないけれど、それら語り手にされてしまった連中の統合がないと、どうなっちゃったのさ? ともどかしさが残った。もどかしさは、書き尽くせなかった世界の広がりを示しているともいえるが・・・。
すると、なにがいけなかったのだろう? おそらく、メイクの後日談だ。風景のなかに「後に語った」と書くことで、語りの場を未来に押しやり、この物語を事後的な物語に仕立ててしまった。この語りの場と語られつつある場の乖離が、読みつつある時間をも乖離させて、白けてしまったように思う。「後に語った」と書き付けるもの、語るものは誰なのか? 検察官のようでもある。それにしては、検察官の登場はあまりに遅い。すると、岡崎京子が連想されてしまう。もしそれが岡崎京子であるならば、落ち着いた語りの場が実現されてもいいだろう。
マネージャーらが壊れていくのも、物語の広がりとして、そしてりりこの影響力として、面白くはあるのだが、やはり枝葉に堕した感があり、するとその恋人の最後の在りようも、物足りなく思えてしまったのだ。物語を広げすぎたということもあるかもしれないなぁ・・・。そのために語り手が増殖せざるを得なかったのかも。

面白くないわけではない物語が、もったいなかった。
面白いといっても、それは、狂気の女性という、まさに私好みの物語だから、といえばそれまで。

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2008/02/16

ひさしぶりに本を購入

Musil さきほど大宮のジュンク堂で新刊文庫のコーナーに行くと、H.F.さんご執心のムージルの名まえをみつけた。岩波文庫の「愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑」だが、厳密には新刊ではなくて、第7刷。昨日の日付になっている。それも、なんと翻訳が古井由吉ときた。これは買わざるを得ないでしょう。で、買ってしまった。

そういえば、円城塔の「オブ・ザ・ベースボール」もになったそうだが、さて、どうしたものか・・・。今後も読み継いでいくつもりなら、本を買ってもいいのではないか、とも思う。

なお、昨日の「曽野綾子の戦略?」という記事だが、携帯電話からの投稿で、誤字も多ければ、文脈もおかしかったり、リンクなどもしていなかったので、さきほどずいぶんと書き改めた。

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2008/02/15

誕生日を巡るよしなし言

どうでもいいことだが、「肉片柳絮」なんてものを書いてしまった私は、三橋歌織の裁判記録を、UPを待って読んでいる。そのうちの、これ

 弁護側「平成18年の誕生日までに離婚しようと思ったと言っていたが、誕生日までメモを残した?」

 歌織被告「自分の誕生日をひとつの目標のように設定していて、その日までをカウントダウンのように一日一日をつけていた」

 弁護側「『あと153日で2・27とある』が?」

 歌織被告「2・27は、2月27日のこと。あと153日は自分の誕生日まで逆算してカウントダウンした」

ようするに、2月27日が被告人の誕生日ってことだよね? 私とおなじ誕生日だ・・・。どうでもいいけどね。

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曽野綾子の戦略?

大江健三郎の「沖縄ノート」を巡る裁判について、某所でやりとりしているうちに思ったことがあるので、書き留めておこう。

まず、裁判についても、ろくに経過をしらないし、あるいは大江がそれについて書いたらしい「すばる」の文章も読んでいない。今月号の「群像」に掲載された木村紅美のエッセーは軽く眼をとおしてみたが・・・。
そのうえで、この裁判があまりに迂濶な曽野綾子の誤読、というより読み間違いに端を発したことは、笑い話のようだが、事実だろう。大江は「巨きな罪の巨塊」と書いたのであって、「巨きな罪の巨魁」とは書いていない。「巨塊」と「巨魁」は明らかに違う。「巨魁」と読み間違えた曽野は、必然的に「巨きな罪」を犯した“人物”を想定し、その出来事のゆえに、それを(勝手に)赤松隊長のことと断じてしまった。たしかに大江の文章はいつでも狷介ではあるが、小説家の曽野が「巨きな罪の巨魁」などという言葉に立ち止まらなかったというのも不思議といえば不思議だ。人物を表そうとするときに「罪の」という連帯修飾語に違和感を感じなかったのだろうか? まして「巨」の重複に。人物であるとするならば、罪と体躯がそれぞれ巨きいということになるが、そんな恥ずかしい同語反復を、平気ですると思われたなら、大江も見くびられたものだ。まして「大きい」ではなく、あえて「巨きい」と書いているというのに。「塊」であっても事態は変わらないとも言えようが、ここに曽野と大江の言葉に対する姿勢の違いが露呈している。すなわち、「巨きな罪の」という連帯修飾語をただ大江流の狷介な修飾として、それはとりもなおさず、修飾語をただ飾りとして文章をつむぐものと、語り得ぬものを語ろうとする、そのやみがたい逡巡の結果としてたどりつく狷介な言葉をつむぐものの違いに私には思えるのである。沖縄の島民と日本軍兵士の関係、当時の教育、などなど、さまざまな語り尽くせぬ要因がそこには内包された「巨塊」が戦時下という「巨きな罪」によってもたらされた、その語り尽せなさと対峙するとき、読み取り損ねるほどの言葉が必要になる。

さて、ではこの裁判は、ただ「塊」と「魁」の見誤りだけの問題なのだろうか? 原告団は曽野ひとりではない。誰もがそうした誤読をしたのか? そうではあるまい。もちろん、原著を読んでいない原告が多々いるらしい様子は見て取れるが、それだけでもあるまい。あるいは、曽野は、自分の勘違いにいまだに気づかずにいるのだろうか? それほど迂濶なひとなのか?

そこで、ここにちょっとした謀略説(?)を披露しよう。むしろ迂濶なのは、大江ではないか、という疑問。

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布団の中から

ベッドに入っているが、どうしてかくもボンヤリした小説なのかと考え続け、決めた。
今まで書いたうち、10枚分くらい削る。

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愚痴ではなく、事実

先へ進まず、読み返して、100字程度減少。12322字、35枚。

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2008/02/14

読書はお休み中

書いています。書いていますとも、ヴァレンタインデーだって言うのに・・・。まして、ほんとうは本日は、ゼミがあり、その後は師匠のお誕生会を開いているのに、ちょっと事情があって出席もせず、書いているのです。

現在、12413字、12P目、35枚。

ここで、またゆき詰まり、リセットなのだが、またしてもすこし時間がかかりそう。今回は、次の場面がまったくイメージできていないので、どれだけかかるかわからない。また、このあたりでイメージに詰まるというのは、60枚に達しない可能性が高くなってきた。やはり50枚くらいかもしれない。それから、推敲すると・・・、40枚かな。

通しで読むというのも、しばらくしていない。あそこはどうなっていたっけ、と思っても、確認しないで書いている。そうとう乱暴な書き方。

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2008/02/13

訃報と、やっぱり泣き言?

市川崑が亡くなったそうだ。asahi.com

家族以外の女性とふたりで映画を観れば、それをデートと呼ぶ、としたなら、当時中学生だった私の最初のデートは、リメイクではない1976年版角川映画第一作だったほうの「犬神家の一族」ということになる。といっても、もっとも若いとはいえ、相手は叔母で、突然連れられていったのだが。
市川崑の映画に入れ込むことはなかったが、あの顔のアップは、なにか映画的な事件だったかもしれない。シャーリー・テンプルがあまりに可愛くて、思わずカメラが寄ってしまい生まれたという伝説があるアップだが、市川崑のそれは動きが殺されてしまうテレビ向きの映像に思えたけれど、例えば三谷幸喜みたいながさつなテレビ的アップは撮らなかった。舞台の大仰な仕草を顔で演じるようなテレビ向きのがさつな演技の俳優が多すぎるということでもあるのだろうが。いや、市川崑でも、加藤武や石坂浩二のアップはがさつだったかも・・・。リメイクのほうはしらないが、問題は女優か・・・。そう考えると、「犬神家の一族」はマスクに隠された顔というモチーフが、まさに市川崑的だったのかもしれないなぁ。だから二度までも撮ったのかも。

すでに叔母も亡くなっている。

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「地獄の花」序文

 人類の一面は確かに動物的たるをまぬがれざるなり。此れ其の組織せらるゝ肉體の生理的誘惑によるとなさんか。將た動物より進化し來れる祖先の遺傳となさんか。そはともあれ、人類は自ら其の習慣と情實とによりて宗教と道德を形造るに及び、久しく修養を經たる現在の生活に於いてはこの暗面を全き罪惡として名付けるに至れり。欺く定められたる事情の上に此の暗黒なる動物性は猶如何なる進行をなさんとするか。若し其れ完全なる理想の人生を形造らんとせば、余は先づ此の暗面に向つて特別なる研究を爲さゞる可からずと信ずるなり。そは實に、正義の光を得んとする法庭に於て、必ず犯罪の證跡と其の顚末とを、好んで精査するの必要あるに等しからずや。されば余は専ら、祖先の遺傳と境遇に伴う暗黒なる幾多の慾情、腕力、暴行等の事情を憚りなく活寫せんと欲す。「地獄の花」の一篇、又此の目的に對して企つる所、しかも不幸にもあが藝術は全き自由を許されざるなり。加ふるに、未だ猶ほ、其の研究の極めて不完全なる、思想の甚だ淺薄なる、描寫の常に未熟なる、遂に其の豫期せし所の半ばをだに現す事能はざりき。然れども、同情ある讀者よ、無謀なる此の年少の作者が、其の鈍き才能の如何を顧みず、新に企てし大膽なる研究に對して、永く多大の教示を惜しむ勿らん事を、此れ著者の偏に切望する所なり。
  三十五年六月                     逗子海邊豆園にて

三十五年は明治三十五年だろうから、明治十二年十二月生まれならこのとき荷風22歳。ゾラに傾倒していた荷風が、ゾライズム、すなわちゾラの作風を模して書いたらしい「地獄の花」の序文。ゾラは短篇を昔に読んだように思うが、あいにく記憶に残っていない。ゾラは、itu:kairouさんにおまかせする(勝手なことを・・・)として、この序文でいうところは、この気概、「若いなぁ」と思うとともに、ドストエフスキーを思わせないでもない。ちなみに、作品(「簾の月」)を携えて広津柳浪に弟子入りしたのはこれより遡ること4年だから、18歳。

ちょっと、リセット中に、かたわらにあった本を手にして、気が向いたので、書き写しただけ。本編を読みたい、と思ってしまったが、今は我慢。

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2008/02/12

現在、読書のブログじゃありません

まったく読書のブログではなくなってしまった。いわゆる看板に偽りあり、というヤツだ。

読書のブログだと思って見えた方、ごめんなさい。カテゴリーリストからでも、過去記事を当たってください。今しばらくは本を読みません。

ひとの文章にできるだけ触れたくないのだ。日記とかブログならよいけれど、今は小説に触れたくない。小説ってこうゆうもんだ、というのを忘れていたい。

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全裸で走る

開き直りが功を奏したか、乗りはじめたのでちょっと残念だが、さすがにこんな時間になっては、明日があることだし、7500字を越えたところで、今日は寝る。原稿用紙換算21枚。

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2008/02/11

最後の泣き言

ふぇ~んんんcrying もうひとつ、時間が動きたいって言ってる。これ以上複雑にしてどうするのさぁ~~~~。

でも、この時間軸も、いずれどこかででてこないわけにはいかないようだ。それが今なのか? もちろん、時間軸の増加は、時制だけの問題ではないわけで、物語の問題でもある。では、それがテーマに叶うかといって、叶わないわけではないが、どこまで書くか、という問題になる。盛り込みすぎても、収拾がつかなくなるだろうし、収拾なんかつけなくたってよいのだけれど、なにより、物語が膨らんで、焦点がぼやけるとともに、短く終われない。

(天の声)

はい、わかりました。焦点なんか気にしません。この時間も書きます。でも、もっとあとにします。

現在、原稿用紙にして19枚目、「木曜日」のフォームで9P目が埋まろうとしている。すなわち、これまでの「木曜日」掲載作における最低ページ数(8P)をすでに越えた。字数にして6789字。煙草の本数、本日30本目に点火。

なんかおかしいと思い、見直したら、やっぱり違っていた。2/12.AM11:45訂正、この時点で「木曜日」フォームで6P。いくらなんでも、原稿用紙19枚以下の小説を載せたことなどない、と思ったよ。

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冬虫夏草と進行状況その他

Photo 冬虫夏草って、じつはキノコなんだよねぇ・・・。けして綺麗な花は咲かない。なんといっても菌類だからねぇ・・・。だから、冬虫夏草ではなく、まったく別物をイメージ。

左に置いたのは、euripidesさんに教えていただいた、田中恭吉の木版画「冬蟲夏草」(いつもどおり、画像をクリックすると、別窓に拡大)。田中恭吉は死後50年以上たっているから、カットに使っちゃおうかなぁ・・・。自分だけこんなカットを使ったら、同人たちに顰蹙買いますな。それに、カットにするにはベタが多い。大きくしないとわかりづらいし、大きいとベタが気になり、「木曜日」利用は、残念ながら、無理だなぁ。

Bungakukai0803文學界」三月号に川上未映子の芥川賞受賞第一作「あなたたちの恋愛は瀕死」が載っているから、うるさがたの評論家たちを唸らせている川上未映子に、今度こそ付き合ってみようと思うのだけど、それどころじゃない。書くことに専念している。ただ、身体感覚で勝負していたようすの川上未映子が、このタイトルは恋愛に逃げたのではあるまいか? という懸念も覚えるが、読まずになにも言うまい。

いや、そういいながらも、じつはね、午前中は、すでに届いた同人の作品を割付したり、題字のフォントを選んだり、カットを選んだり、レイアウトしたり、していたのだ。

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2008/02/10

書きつつ

ふと、電話しか連絡手段のない同人に、今年も出すよ、と連絡するのを忘れていたことを思い出し、今、連絡が取れた。間違いなく、今年も書いてくれるだろう。じつは私も一度しかお会いしたことがない方。今ごろになってしまい、申し訳なかった。ごめんなさい。なんと言っても、創刊時からの同人で、私にとっても大先輩なのだ。
今や創刊時から書き続けている同人といえば、3人しかいない。内、欠かさず書き続けているのは一人になってしまった。本当なら、今日連絡した方もそうあっただろうに、一度、何度電話してもつながらず、連絡が取れないままになってしまった時があり、途絶えてしまった。私の不徳。でも、本音を言えば、携帯電話でいいから、メールアドレスを持ってくれないかなぁ・・・と思う。

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手書きvs.キーボード

手書きとPCの違いということを考えてみた。

なんでも阿部公房は、反故紙を焼くための焼却炉をわざわざ庭に作ったのだとか。まさかほんとうに反故紙だけの焼却炉でもあるまいと思うが、反故紙を出すことと、データ上で修正ができることの間には、やはり大きな違いがあるように思える。
データ上だけでなく、書いたものを印刷して赤入れをすることもあり、それもまた反故紙の生産ではある。このとき、反故紙という、限定的ではあれ、修正過程の保存ともいえるモノが残ることの意味もまたあるのではないだろうか。なにも後世に残す、とかそんなことではなく、例えば当初の勢いとか、闇雲に書いたからこそ明確な書くべきこととか、修正の過程で見失われてしまうものもなくはない。
Wordには変更履歴を残す機能があるが、使ってみるとやたら重くなったり、見辛かったりする。変更履歴を表示しないことも可能だから、見辛いことはさして問題でもないが、重たいのはしんどいし、それよりも、変更履歴を残したところで、自分の修正などまず見ないということがある。それなら反故紙は見るかというと、これもまた大いに疑問だ。だけど、行き詰まり、この場面はなにを書こうとしていたのだったか、と悩んだときには、意識的に反故紙を見直すこともあるだろう。極端にいえば、小説的な洗練を目指すなら、反故紙の見直しはいらないかもしれない。逆に、作りものとしてではなく、書くことそのもののなかに浸りきろうとするならば、とことん反故紙に付き合うほうがいいのではないか? 自分が書きたいものとはなにか、と問いつつ、なにを書くのかと問いながら書くときには、時間経過のなかでぶれていくもの、そのぶれそのものとも対峙するためにも、反故紙と徹底的に付き合う姿勢が、ひとつの方法になる気がする。既述したとおり、それは手書きとPCの違いではなく、反故紙の使い方、修正過程との付き合い方だが。

もちろんなにより、修正の容易さこそPCの利点だと思う。だが、利点とは、差異にほかならないわけだから、利ばかりとは限らず、それによって失われるものもまたある。修正の煩わしさが抱えるなにごとかを失う。だから、手書きしましょう、というわけではない。むしろ手書きとキーボードという選択肢の拡張によって、手書きの利点もまた見えてくるのだろうし、手書きの欠点も見えてくる。それなら、例えば印刷できるのだから反故紙を残すなり、あるいは変更履歴が残せるのだから修正過程を残すなりして、手書きの利点をPCに活かせばいい。修正履歴の保持だけが、手書きとPCの違いだというわけではないが、その一端ではある。
例えば、書く速度だって、手書きよりキーボードのほうがよほど早いだろう。加速というここでもなにかが獲得され失われているはずだ。書いている最中に、予定していたことを忘れ去ったり、あるいは変わってしまったりする頻度が、速度の変化とともに変わっただろう。長いセンテンスは、加速したことで書き易くなったかもしれない。読む速度に近づくことで、リズムだって作り易いかもしれない。昔から口述筆記などという創作法だってあった。逆に、携帯小説を見れば、センテンスは短くなる。とはいえ、これらは小説の全体についてというより、個々人の相対的な問題だろう。個々人の相対的な問題の蓄積が全体になる、ということはあるが、全体論的な言い方をするのは、短絡的であり、あくまで個々人の相対性のなかで、書くときの問題なのだと書いておこう。

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2008/02/09

待つ日/待つ身

Wordを開いたけれど、ダメ!
今日はダメみたいだ。この後に書くことは決まっているのに、間の取り方がわからない。スピード感が掴めない。どこまで書いて、どこを端折るのか、見えてこない。こんなときは、頭をリセット。できれば、読者になるところだが、今回の書き方で、読者の思惑をはかるのは、かなり危険な気がする。ここは、読者ではなく、もうひとつ、なにか読者のようなものを呼び込みたい。
さぁ、どうすればいい?

だれかさん曰く、「時間を置こう」

あれれれ? そういえば、昨日も書いていないんじゃなかったっけ???
いや、それでも携帯電話から、使えそうな情報や構成案、出来事のイメージなどを、PCに送っている。

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書いてない、読んでない

昨夜は、またぞろ帰りそびれ、一行も書いていない。
この週末に15枚分くらい書けたらいいなぁ。
あっ、三連休だ。それなら20枚、いや、それだけに頭を使える時間が継続することで、25~30枚が理想だな。って、それなら予定枚数に達してしまうじゃん。

ネット上の友人に、そういえば、あの方も、書くべき時期にきているのではなかったかなぁ、と思っていた方がある。たしか春に同人誌を出されるはずの方。ほっ・・・。ブログに、「書くとしよう~~」という前向き発言があった。

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2008/02/08

パッヘルベルか、パンクか

戸川純の「蛹化(むし)の女」は、パッヘルベルのカノンに戸川純が詞をつけた曲で、この詞がまた、非常によい。昔、藤原カムイがマンガ化していたが、カムイの端正な絵は原曲の美しさを損なうものではなかったけれど、かたや「蛹化の女」にはパンク・ヴァージョンもあり、カムイのマンガは、猥雑なこちらとはまったく相容れなかった。

私がやりたいのは、どっちだろう? いや、どっちでもない。

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仮題決定

この前の記事の、euripidesさんのコメントによるご助言で、一気におつむが方向を決め、仮題が決まった。多分、書いているうち、あるいは書き上げてから、また替えるとは思うけれど。
で、それは↓

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さらに書いてます

Honegamitougehotokekazura_2 岩波文庫の野坂昭如ルネサンスに「骨餓身峠死人葛」が入った。偉い! でも、今は買わない。

あっ! 今日って、弟の誕生日だ・・・。

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2008/02/07

仮題が欲しい

euripidesさんの記事を読んでいて思ったのだが、そういえば今回は、仮題も考えていないなぁと。いつでも大概は、仮題は仮題で、最終的なタイトルはあとで変わってしまうのだが、とりあえず、都度収斂していく場所としての仮題が欲しい。ファイル名が「タイトル未定」もなんとなくヤな感じ。

とにかく、今日は、課題設定に専念しよう。
といいつつ、頭のなかにここまでの文章が飛び交い、あそこがダメ、あそこはこう、と後頭部当たりの小姑が五月蠅い。さっきも携帯電話から自宅PCにメールした。

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書いてます

読まずに、書いています。

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2008/02/05

号砲一声

〆切まで二ヶ月を切っているのだが、悪あがきをはじめてみた。
今年は、春の文学フリマ参加を言い訳に、同人たちに〆切厳守を申し渡してしまったからには、編集担当特権を行使するのも憚られ、私も3月末〆切厳守、間に合わなければ載せない覚悟で、書きはじめてみた。

さてはて・・・。

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2008/02/04

路面凍結

まったく、首都圏はやはり雪に弱い。雪はやんだから今日は大丈夫だろうと思ったのに、路面がカチカチに凍結している。身動きがとれない。
年に一度か二度、あるかないかの降雪だから、対策は合理的ではないのはよくわかるが、いざとなると、やっぱり困るね。
タクシーも、電話が通じない。

だからぁ~、読書のブログだってば・・・。
↑誰に? 言うまでもなく、私に。
ちなみに、読んでいないかと言うと、そうでもなくて、つまみ喰いが複数。

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2008/02/03

エクセルがわからない

木曜日」の同人たちに、あらためてメールアドレス変更通知のメールを送ったところ、なんとなんと、24号原稿第一便が届いた。掌篇と呼ぶべき短い作品だが、2篇。ふたつ合わせれば20Pになる。早っ!
その代わりでもないが、いつも長いものを書いてくれる方が、今年は休載というメールも届いている。

というわけで、本格的に「木曜日」24号が動きはじめたらしいと、あわてて、それ様のファイルを作っていた。そこでかねて懸案だったエクセルによるデータ表の更新を試行。ペンネーム、タイトル、ページ数を入力し、順番を決めたらソートをかければ、ページ割とか、分担冊数、金額等が自動集計される表を作ってあるのだけれど、それを印刷所に提出する発送簿にも反映させたいとかねて思っていたのだ。ペンネームと本名を照合するなどは出来ていたので、そこに住所録を追加して、発送が必要な人物だけを拾い出し、分担冊数なども記載される。それが目標だったのだが、経理の仕事を離れ、エクセルをしばらくいじっていないうちに、すっかり関数などを忘れている。文字列による拾い出しができない。
あ~、すっかり頭が悪くなっている。以前は、SEのシステム部長などからも、エクセル・マスターの称号を授かっていたはずなのに・・・。

あれっ? 読書に特化のブログじゃなかったっけ???

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2008/01/30

備忘メモ

参考のために、読んでみようと思い立った本を書いておこう。
なんの参考といって、いつか書きたいと思っている創作のネタだから、人が見ても詰まらないと思うよ。

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2008/01/26

「ホーニヒベルガー博士の秘密」読了だが

ミルチャ・エリアーデの「ホーニヒベルガー博士の秘密」を読み終えたのだが、ベッドの中から携帯電話で投稿なので、ちゃんと記事を書けるわけもないけれど、ようするに、備忘の意味で簡単に・・・。

まず、ホーニヒベルガー博士の秘密について、二重の探索、すなわち、ホーニヒベルガー博士を研究していた人物,(ゼルレンディ博士)を研究する「私」という二重化と、そうしたときに、この小説の最大の謎は、タイトルなんじゃないか、ということ。
もちろん最後の異相への「私」の飛躍(?)と少年の名まえも意味ありげだが、そうした謎は、このタイトルの謎と無縁ではないのではないか、ということ。
こんな、ある意味ズレたタイトルをつけることが、妙だ。

でも、楽しんだかというと、まぁそこそこといったレベルで、もしかしたら後で見直したときに、この記事で満足して、もう書かないかもしれない。と書いている先から、そんな気になっている。

ただし、この本にはもう一篇の小説があり、そちらはこれから手をつける予定。

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2008/01/25

お願いだから、読まないでね。

こんなタイトルをつけると、読まれちゃうんだろうなぁ・・・。
残念ながら、例の件とは、無縁だし、(一応)文学ネタ。まぁ、ほんとうに読まれたくなければ、書かなければいいわけで・・・、なにがしかの(個人的な)理由があるわけです。

私もけして健康とはいい難い、かなり脆弱な体質ゆえ、健康に気を遣うことを否定するつもりなど毛頭ない。自分が不健康体であるにもかかわらず自堕落な生活、よからぬ食生活を送っていながらも、わがままながら、大切な友人知人には、健康でいるように、気を遣ってもらいたいと思う。
その上で、ちょっと思うところがあって、リストにもどこにもリンクを貼らないまま、書きつけてしまう。昨日の日付にするので、日付を埋めたのだと思ってもらおう。

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2008/01/21

感謝を込めて

今は、例の新書がこのたびめでたくも第3刷を刷ることになり、この際誤字などを直したいと思って、頭から見直しをしている。ちょこちょこと間違いがあり、大層悔しい。

レポート助っ人は、ダメ出しを喰らってしまった。ハハハ・・・。書き直そう。国際貿易ねぇ・・・。上の新書のせいもあって、助っ人依頼がきたわけだけどまったくの素人だよ、私は・・・。

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2008/01/19

気分屋のたわ言

ただ気分屋のたわ言だと思いたい。

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2008/01/16

戸惑いの保留

今日は、納富さんの「水の音」を読み終えたのだが、友人の女子大生のレポートにつき合って、一本、とある昔話の読み解き風の文章を書き上げたことでもあり、正直にいえば、「水の音」に戸惑っているのでもあり、しばらく時間を置きたい。
前半がことさらに凄かっただけに・・・。

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2008/01/15

読書を巡るつぶやき

最近、ヘンな癖がついてきた。
美味しい料理を食べ残す。放り出すのとは別に、本当に楽しんでいればこそ、先を読まない。いや、そんなことを言うと、読了した小説が詰まらなかったみたいだが、面白いとか、上手いとかを超えて、「スゲー!」って域にくると、どうも手が止まりがちになる。例えばこれが自作創作の糧になって、よし! と思わされているならよいのに、そっちはまったく手がついていない。書き出しだけがあって、それからまったく進んでいない。なのに、スゲー小説が読みかけのままになる。読み終えるのが惜しい? なんか違う。なぜなのか、わからない。

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2008/01/10

春の文学フリマ2008申し込みその他

春の文学フリマの申し込み受付が開始されたので、早速(でもないが)申し込んだ。一応、同人たちへの報告もかねて、書き込んでおこう。

どうも捻くれ者で、アクセスが異常値を示すと、更新をサボってしまう。「胡壷・KOKO6号の感想も出揃いはじめてしまった。おそらく来月の「文學界」の「同人雑誌評」にも載ってくるだろう。その前に私も記事を書きたいものだ。
なお、今月の「同人雑誌評」には、「白鴉」21号から2作が取り上げられ、1作はベスト5入りを果たしている。せっかくだし、是非読んでみよう。

また、寺内邦夫さんから届いた年賀状によれば、「島尾紀」が、推薦図書になったそうだ。おめでとうございます。

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2008/01/07

アクセス数が・・・

アクセス数が、とんでもないことになっている・・・。どうやら、芥川賞候補発表のせい。候補作、私は一作しか読んでいないのに・・・。

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書くことの惑い

なにもコトバにたいする不信は、小説にかぎったことではない。読書の記録などといいながら、それぞれの鋭意であるはずの小説群に、勝手なことを書き散らし、さもわかったように装うときにだって、当然つき纏っているし、同時に、もしかしたらとても見当違いな読み方をしているのではないか、とか、あるいは、絶えず引用を繰り返すその仕草にも明らかなはずの、「ホラ、ここにはこう書いてあるよ」と言い募るばかりの仕儀は、ただ単にその小説を辿るだけで、読めばわかるあたりまえのことしか書いていないのじゃないか、などと、自分の小説の読み方、その小説についてのコトバの選び方にも、つねに疑いをもつ。
自分で楽しんで読むだけなら、そんなことに煩わされる必要はない。それをこうして公開しているから、息苦しさを感じる。私がここに書いているものが批評だとは思わないが、批評や書評さえ、やはりそうした、コトバにたいする過剰なまでに神経質な態度が必要なはずだとも思いながら、そう書きつける、言い募ることの無神経さが、とたんに跳ね返ってくる。自分でも小説らしきものを書いているから、「自分のことは棚にあげる」ことから書きはじめると言いつつ、小説を書いているからではなくて、げんにここにコトバを紡ぎ、文章を書いているから、「棚にあげる」。自己言及の身振りだ。これでも痛みを感じるときがあるのです。

えっと・・・。独り言だよ。

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2008/01/04

読むべき名まえ

某所のある方の日記を読んでいて、読まなきゃいけないな、と思った。すなわち、「竹内芳郎」。難しそうだけど・・・。時枝誠記も通読できていないくせに、カッコつけちゃって・・・。

といっても、竹内芳郎をしらなかったことのほうが、恥ずかしいね。

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2008/01/03

遅い訃報

ありゃま! 昨年5月に買ったまま放置していたこの本。作者のジュリアン・グラックが、先月22日に亡くなったそうだ。

http://www.asahi.com/obituaries/update/1223/TKY200712230162.html?ref=rss

そういえば、このところ、本屋に足を運んでいない。とはいえ、たぶんグラックの追悼なんてことはしていないだろう。

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2008/01/01

ご挨拶

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

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2007/12/29

文学どころではない、かもしれない

タイトルどおり、文学とは無縁のお話。ただ、ゆえに読書や創作どころではなく、「木曜日」24号には、書けないかもしれない、てな状況ということ。
↓は、読んで参考になるようななにものもない、いたって個人的な事柄なので、無視してください。

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2007/12/23

官能特集???

木曜日」に関して、忘年会の席で聞いた話の備忘記録。

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2007/12/22

またまた記録

Dollydolly15 いつもどおり、すぐに手許を離れる予定。

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2007/12/20

購入記録、その他

TakitsuboMomoironohankachi 先日の千駄木の古書店店主さんが、本郷ならあそこの古本屋が面白いと教えてくれたお店に立ち寄って、つい買ってしまった。足穂は「弥勒」もあったが、私はべつに古書コレクターではないので、文庫を持っている本を初版本だからといって買ったりはしない。たしかに舟橋聖一にせよ稲垣足穂にせよ、初版本がこの値段というのは、廉い。「弥勒」は三島由紀夫が大絶賛した本でもあれば、ちょっとした伝説的な本といえるわけで、それが3000円とくれば、コレクターなら買ってもいっこうに不思議ではない。
稲垣足穂「桃色のハンカチ」が3000円で、舟橋聖一「滝壺」にいたっては700円。

しかし、またぞろそろそろ本を整理しないといけない。最近ドアが開かない閉まらない。完全に家が歪んでいる。

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2007/12/17

想定外の購入

Kuroisuso これこれを探して、池袋のジュンク堂リブロに寄ってみたのだけれど、どちらも見つからず、そのかわり左の本を見つけて買ってしまった。幸田文も、文庫を見つければ買っている。好きといっていいだろう。だいたいこの人はタイトルがよい。「」とか「流れる」とか「崩れ」とか、なんとも端然として、こちらの居ずまいさえ正されるようだ。とはいえ、「黒い裾」というタイトルは普通だ。
今月の講談社文芸文庫の新刊には舟橋聖一もあり、舟橋聖一はかねてより触れてみたいと思っているのだが、今回は「相撲記」で、小説ではないため買わなかった。

未読の同人誌小説が溜まっているというのに、残雪「黄泥街」を読みはじめて、読みすすめてしまっている。まさかとは思うけれど、もし期待している方がおられたらごめんなさい。しばし残雪に耽らせてください。読み終えたら貸す約束までしてしまったし・・・。

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2007/12/16

「むすぶ」「べきこと」「僕たちの将来」

itu:kairouさんが、素敵な記事を書いておられ、といってもそれを素敵と呼ぶこともまた、少々気恥ずかしくもあるのだけれど、やっぱり、インターネットによる「むすび」のなかに積極的な意味を見出し、のみならずそれをより広げようとする意思は美しいのだし、そうした美しい記事のなかに名まえを挙げていただいたこと、さらに応援のお言葉まで頂戴したこと、深く感謝します。

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2007/12/10

本日購入

Les_fleurs_bleuesTokai_no_yuutsuJigoku_no_hanaLogics_in_wonderlandSecretul_doctorului_honigberger というわけで、千駄木まで足を運んで、レーモン・クノー「青い花」を買ってきたのだが、コーヒーを飲み、店主さんと話しこみ、眺めていたら、やっぱり買い込んでしまった。それでも、お金がないときなれば、「青い花」以外はすべて文庫本。ちょっとヤバイのが、佐藤春夫の「都会の憂鬱」で、この新潮文庫復刻シリーズは、当時けっこうチェックしていたし、まして佐藤春夫ならすでに持っている可能性は高い。

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2007/12/09

備忘メモという名の自慢

明日、私はレーモン・クノーの「青い花」を手に入れる。フッフッフ・・・。
某古書店さんのサイトを覗いていたら、今月の新入荷本に入っていたから、電話して取り置きをお願いしてしまった。忘れずに、取りに行かねば。

この古書店さんは、ちょっと素敵なCafeにもなっているらしいので、ゆっくりと・・・、なんてことをしたら、ほかも欲しくなりそうで怖い。

クノーといえば、国書刊行会近刊本リストに短篇集「あなたまかせのお話」が入ったまま、全然出ない。どうなっているやら???

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2007/12/08

椿實の噂話と休止宣言?

昨日は、「椿實全作品」のなかの「ビユラ綺譚」を読み返した。覗いたら、そのまま読みきってしまった。ちょっとのつもりで手にとって、止まらなくなるのが、愛読書

およよ、こんなものを発見! →「椿實の書架

なんということだろう・・・。椿實って、1988年にも文章を発表している。だが、驚きは、1985年の「銀星倶楽部 魔都」掲載作。この本はどこかにあるはずだ。探そう。

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2007/12/06

勝又進死去と、mixiコミュニティのこと

Akaiyuki_2 勝又進氏が亡くなられたそうだ。asahi.com
とても残念だ。寡作のひとだから、つぎはいつのことやら、と思っていたら、亡くなってしまった。「赤い雪」は日本漫画家協会賞の大賞もとったし、とても素敵だったのに・・・。

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2007/12/02

読んだという記録だけ

Himemama 奇しくも「新 花のあすか組!」最新刊で、姫が素敵、といったことを書いた矢先に、貸してくれたひとがあり、読んだのが左の「ヒメママ」①、玖保キリコ。って、単なる「ヒメ」つながり。
久しぶりに玖保キリコの波打つ線に触れたが、残念ながら楽しめなかった。

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2007/11/29

恥ずかしいから読まないで・・・

たとえば、ビオイ=カサレスの「大空の陰謀」について書いたときにせよ、あるいは円城塔の「つぎの著者につづく」にせよ、まるで博覧強記をきどった記事を書いているし、教養がどうとか書いてしまってもいる。だが、私の教養なんてきわめて狭い。私の教養はインターネット上に溢れている。私の脳みそは記憶装置ではなくなり、博覧はインターネットに任せ、その実現のほどはしれなくても、強記に専念する。私がメキシコの近代史に精通しているわけがない。もともと年号が大嫌いだったから、日本史も世界史も、歴史は嫌いだった。
あるいは、楊逸という名まえに、千里眼を連想できなかったあたりにも私の教養の程度がうかがいしれよう。

たとえばコトバが発明されたとき、文字が発明されたとき、印刷技術が発明されたとき、百科全書の時代、それぞれに知識や教養の在りようが劇的に、あるいは微妙に変化してきたはずだし、かといってそれぞれの時代にもそれらに触れることなく、知識や教養を蓄えたり、あるいはまったくそれらと無縁に生きていたひとびともいただろう。そのうえで、やはりインターネット上にWikipediaのような百科事典が存在したり、それなりの情報が溢れかえり、そのなかにはまったくとるにたりない、たとえばニュース記事に触れた意見などというものもあるのだが、そうしたとるにたりないような記事に触れることもまた、他者とか大衆といった側面に触れることでもあり、やはり今、知識の在りようは劇的な変化を経験しつつあるといえるかもしれない。

すると、博覧強記の在りようも、澁澤龍彦と円城塔ではその書かれ方、意味づけに違いがありはしないだろうか? と思いはじめている。もういち度、SFに取り組んでみてもよいかなぁ? そうでもないよなぁ・・・。

なにかを知っていることと、小説を読むことの間には決定的な差異がある。あらすじをしること、そこで語られた主題を知ることは、小説を読む体験とはまったく別のものだ。

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2007/11/26

出てたのか・・・

Asukagumi6 このくらいの巻数になってくると、既買かいなか、見失う。すでに8月に出ていたらしい。なんてこったい!

ちっ・・・、あすかったら蘭塾入りか・・・。てことは、姫とミコの出番はかなり少なくなるなぁ~。ちょっとさみしい。とはいえ、ミコのかわりに桐生がいるようだ。
石ノ森章太郎のマンガの中で、儚げな美女といえば、黒目勝ちと相場が決まっていたが、やはり黒目がちの姫に魅かれてしまうのは、なにも石ノ森章太郎のせいではないだろう。いや、K君、あの姫とはまったく関係がないのだよ。とはいえ、年内に一度ならずとも、つき合ってね。

しっかし、あいかわらずわかりづらい。前シリーズもエリアマスターを出したせいで、人が多すぎて、だれがだれやら、どこでなにが起きているやら、さっぱりわからなかったが。

それから、あすかの身体つきがずいぶん大人びてきた気がする。これがあのチビチビといわれていたあすかなのか? 今でもチビといわれているようなのに。

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感謝の記録

文学フリマを通じて「木曜日」を手にされた方のなかで、ネット上ではじめて「木曜日」掲載作品に言及してくれたのがこちら。ありがとうございます。感謝します。

また、「木曜日」が文学フリマに参加して以来、3年連続でお買い求めくださっている方がこちら。いつもありがとうございます。なによりも、リピーターさんは嬉しいのです。励みになります。

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2007/11/15

感謝と文學界新人賞

SNSというシステムには抵抗があったのだが、訳あってmixiページをもつことになった。といっても、なにをするつもりもないけれど・・・。

ところが、mixiに入ったおかげで、「星座盤」さんとコンタクトが取れてしまった。なるほど、こうゆうこともあるのだなぁ・・・。やはりここを見て、送ってくださると連絡をくださった。「星座盤」さんに深く感謝。また、mixiとmixiに誘ってくれたS氏に感謝。
と思いきや、なんと文学フリマ事務局さんから忘れ物預かっているというメールが届いて、こちらも郵送してくださるという。なんと丁寧なご対応・・・。感謝感激だ。どれほどの惨敗を喫しても、今後とも文学フリマに参加していこうと心に誓ってしまうのであった。ありがとうございます。う~~~、こうまで親切にされると、ボランティアはまだしも、会場設営くらいは協力すべきなんじゃないか・・・。家が遠いのです・・・。勘弁してください。

Bungakukai0712そうこうしているうちに、第105回文學界新人賞の楊逸「ワンちゃん」を読み終えた。ちょっとひさしぶりになってしまったが、近々、読書の記事を書こう。

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2007/11/14

「銀座線」さんが・・・

Ginzasen12 詳細は追って、改めて記事にするつもりだが、「銀座線」のIさんが私が紛失した最新号をわざわざご郵送くださった。感謝感謝です。謹んで読ませていただきます。といっても、失礼なことも書いてしまうかもしれませんが、それもまた、本音で読み書く、ということで、敬意の表われとご理解ください。

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2007/11/12

「ごめんなさい」が100000回くらい必要な大馬鹿者

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいこめくいなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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2007/11/11

第6回文学フリマ―惨敗

激しく疲労・・・。

その理由は、やはりかつてない売り上げの不振にあるのだろう。「木曜日」の売却冊数が二桁に乗らなかった。昨年は20冊ほど捌いたのだから、これは問題だ。リピーターをほとんど呼び込めなかったということなのだから・・・。すなわち、雑誌に魅力がないということだ。この人の次回作が読んでみたい、と思わせられなかったということだ。
売り方の問題もあるかもしれないが、質こそが第一だろう。売れることがどれほど重要か? といえば、それはそれで難しいのだけれど、次を読みたいと思える小説を書くことができていない、と捉えれば、やはり残念だ。
ネット上を見渡しても、文学フリマを通じた弊誌に関するレビューがまったく見当たらないのだから、予測できたことかもしれないが、かといってこのブログの影響力のなさも思い知らされた。ちょっとさみしい。

そのなかで、少部数しか預からなかったとはいえ、師匠のご著書をすべて売り切ってくれた、T姉には感謝だ。同人も私を除いても、5名が集まってくれた。椅子がひとつしかないというのに、みんなお疲れさまでした。ありがとう。T姉は帰られたが、そのあと5人で呑んだビールは、風邪の病み上がりプラス胃痛を抱えていたはずなのに、やっぱり美味だった。昔話に花を咲かせてしまった。

樹林」さん、「星座盤」さん、「銀座線」さん、そして中沢けいさんが、我々のブースまで足を運んでくださり、ご挨拶を頂戴した。ありがとうございました。また、中座していた隙に、すれ違いになってしまったが、「」さんも見えたようだ。申し訳ありませんでした。
購入した本は、宅配便で送ったため、なにを買ったやら、ちょっと曖昧なので、そちらが届いてから報告しよう。そして、各誌の感想も追々書いていこう。

お預かりしていた、「文芸同人誌案内デジタル文学館」さんのチラシは、すべて捌けたが、これで両サイトがますます活況、となれば嬉しい。また、その際は「零文学」さんのご活躍もあった。なずみさん、感謝。

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2007/11/07

読了なし

現在読書中が「照葉樹4号最後の作品、垂水薫さんの「風戸朝」なのだが、これがまたかなり面白い。しかしまだ途中なので、これ以上はいうまい。

本日発売の「文學界」は、12月号恒例の新人賞と、同人雑誌優秀作が掲載されている。まして、新人賞は、本賞のほかに島田雅彦奨励賞と辻原登奨励賞もあり、なんとも賑やか。

いよいよ迫ってきた第6回文学フリマの計画だが、「木曜日」は22号は20冊、23号は30冊以上が調達できた。師匠のご著書も作品社さんから到着済み。で、私は送らないことにした。私の手許にはすでに22号が自分の分しかないし、23号はもしものために5冊ていどを持参して、あとは来年以降に温存する。

やし酒飲み」が読みたくてうずうずしているのだけれど・・・。

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2007/10/29

今日買った本の記録等々、無駄口

Beans またぞろ近いうちに手許を離れる予定の本。うぅ〜む、目蓋をたれ目気味にカスタムのブライスが可愛い・・・。

安物買いの銭失いの言葉どおり、つい先日買ったばかりの鞄が、使い物にならなくなって、仕方なくそちらを新調したので、やっぱり欲しいなぁ、などと思った本(たとえば全集「現代文学の発見」のいくつか)を見つけても、我慢した。とにかく、2000円なんておもちゃの鞄は、あっという間に駄目になる。仕方なく倍の値段の鞄を購入、って、それでも充分安物買いか。しかし、これで「犬身」が持ち歩ける。重いけど。

ちなみに、「照葉樹」さんの4号は、残念ながら未着。メール便はのんびり構えないといけない。

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2007/10/28

「犬身」をすこしずつ

持ち歩くにはあまりに重いので、家ですこしずつ松浦理英子犬身」を読み進めているのだけれど、さすがに、犬犬犬で、辟易してきた。現在52Pほど。酒を呑めばソルティー・ドッグにブルドックで、八束房恵に玉石梓ですか! 朱尾献って名まえを説明し、あまつさえ「献」の字の由来なんかまでとくとくと書くのはどうかと思うなぁ。「犬身」が「献身」を思わせることくらいまともな読者ならわかっているのだし、逆を言えば、これほど犬絡みのなかで、八束房恵とか玉石梓という名まえがでてきてもしらん顔をするのはそれはそれで白々しいのではないか?
と、まだ途中ながら、文句をつけはじめているのだが、それというのも、やっぱり長すぎる気がしているのだ。自転車で帰ってくるところなど、ずいぶん刈り込めると思う。冗長な部分が多い。もちろん松浦理英子といえば細部の粘着質な描写が楽しみなのだけれど、粘着質ではない凡庸に無駄な描写が多い。
かなりの長篇ということで、松浦理英子最大のヒット作「親指Pの修行時代」が帯でも引き合いに出されているが、「親指Pの修行時代」も私にとっては残念だったわけで、ちょっと警戒しはじめている。
とはいえ、500P以上のうちいまだたったの52P。「裏ヴァージョン」も読みはじめは大層ガッカリしたものの、読みすすめたら、恐れ入りましたとばかりに感激したのだったから、最後まで読むつもり。

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2007/10/25

ブツクサ

Naitourune まず、残念なのが、中原淳一の流れを汲む最後の少女絵作家、瞳に宇宙を描き出した少女マンガの原型のような絵を生み出した内藤ルネ老が亡くなった。内藤ルネの絵を熱心に追いかけてきたわけでもないけれど、あのインパクトのある絵を見るたびに、妙にザワザワと胸をくすぐられたものだった。

つぎに嬉しいのが、「山尾悠子作品集成」の第四刷が出たこと。高いから、ちょっと手が出ないのだけど、待っていた。近いうちに買ってしまうだろう。でも、高すぎ。

持ち歩けないから自宅でちょこちょこと読み始めた松浦理英子の「犬身」が、楽しい。なにやら犬に纏わる地名が頻出するのは、なんともうるさいし、そもそも主人公の語り手の名が「八束房恵」ときた。日本文学史上もっとも有名にして恋する犬の名を思い出させる名なのだから。
とはいえ、臍のゴマの話なんかはじめたと思ったら、匂いの記憶を辿っていくその文章は、凄い。もちろん犬だから匂いが重要になってくるだろうけれど、松浦理英子が匂いを語りだせば、なんともいやらしい気配が漂ってくる。それがまた臍のゴマの匂いなのだから、驚く。
これだから、松浦理英子はさんざん待たされることを許せる。

匂いって、書きたくなるんだよねぇ・・・。

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2007/10/22

松浦理英子の新刊が!

毎度のことながらさんざん待たされた松浦理英子新刊が、ようやく出ていることを今はじめてしった。今月5日に出ているではないか! なぜ気がつかなかったのだろう??? なにはともあれ、今日にも手に入れよう。なんて、焦ることもないのだけれど。

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2007/10/17

文学フリマ配置決定

11月11日秋葉原の東京都中小企業振興公社・秋葉原庁舎で開催される第六回文学フリマだが、我らが「木曜日」は1階の57番、すなわちA-57番で出店することになった。
なにとぞ、よろしくお願いします。

Bunfree_kaijou 会場は左のとおり。

他の参加サークルを見ると、「あんちりおん」(blog)が今年もある。昨年購入して、ここで取り上げさせてもらった「小説π」さん、「銀座線」さん、「零文学」さん(HP)、公沁舎さん(HP)があるし、「」さん(文芸同人誌案内さんのページ)も今年は参加される。毎年買い損ねている「法政文芸」さんは今年こそ買おう。それから、「星座盤」というサークルが気になる。「早稲田文学」は昨年はなかったと思うが復活。注目を集めそうなのは「豊崎由美 書評の愉悦」か「西岡兄妹」だろうか? 極めて残念なのが、「言壷」さんが見当たらないこと。

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2007/10/16

メガネ

かつて、一時期はメガネをかけていたのだが、最近はメガネなしで生活してきた。しかし、やはり首が凝るし、カラオケの歌詞が見えないし、時と場合によってかけるメガネを購入することにした。これと決めているフレームがあって、探し廻ったのだが、結局実物にお目にかかれぬまま、メガネ屋さんに取り寄せをお願いした。似合わないかもしれない。怖いのだが・・・。

これでまた、電車のなかでも読書ができるようになるかな。読書量が増えるかな。
どうでもいいけど・・・、一応読書の話に結び付けておこう・・・。

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2007/10/15

文学フリマ情報

第6回文学フリマまで一ヶ月をきり、ここによると、ブースの配置も決まったらしく、一連の資料発送がなされたそうだ。まだHPは更新されていない。
さてはて、今年はどんな場所やら・・・。不安と期待が綯い交ぜ。

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2007/10/13

ついに見つけた

The_duel_at_silber_creek とうとう、長年の念願叶って、「抜き射ち二挺拳銃」のDVDを手に入れた。本当に500円だった。まだ観ていないけれど、ワクワク。

原題:THE DUEL AT SILVER CREEK

公開年度:1952年

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2007/10/11

購入本の記録

Alfort_yougashiten 購入した本の記録。またしても、近いうちに手許を離れるはず。
しかし、私は当初「アルフォート用賀支店」だと思ってしまった。なぜ用賀? とか、悩んでしまっていた。恥ずかし。。。「アルフォート洋菓子店」だったのね・・・。

それから、吉田修一を読んでみないといけないなぁ、と最近思う。

あっ! 文学フリマまで、あと一か月だ。

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2007/10/10

野坂昭如喜寿の祝い

今日は(って、じつは翌日11日に書いているけど)、野坂昭如の喜寿のお誕生日だねぇ。おめでとうさんです。

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2007/10/05

拝受

本日、2007年10月5日は、我が父の喜寿の誕生日なのだ。
だけど、不肖の息子はなにもしてあげられない。なんとも不甲斐ない。
今朝方、ようやく夜が明けた頃に・・・、おっと、余計なことを書きそうになった。やめておこう。

Enkin32そして、そんな日だというのに、夜も遅くなってから帰宅すると、左の本が届いていた。遠近の会のみなみなさまありがとうございます。じっくり拝読します。

読みかけの本は、例の如くあるが、読了した本がない。ところで、空いていた9/30の日付を埋めてしまったのは、一昨日。

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2007/10/02

「図書新聞」の文芸時評によると・・・

いつもの掲示板の書き込み目的で購入した「図書新聞」2840号を流し読みしていて、川上晴美による文芸時評に眼がとまった。なにしろ、見出しが「語っているのはだれ?―言葉だけがそこにある」なのだ。
すばる」に掲載された吉原清隆「『行き先階釦を押してください』」は、二人称の小説だといい、「群像」の前田司郎「誰かが手を、握っているような気がしてならない」にいたっては、「一人称の主体がごく自然にオーバーラップし、入れ替わっていくのである」というではないか。もちろんどちらも読んでいなければ、ここに挙げた三人とも、名まえさえしらなかった。

人称というお題目は、まだまだ有効だ、ということだろうか。とはいえ、いずれもタイトルを見たら、食指が動かない・・・。それに、二人称や一人称の入れ替わりだけなのだとしたら、読むほどのこともない。もちろん川上晴美というひとの評が、そこにとどまっているだけという可能性もあるわけで、一概に決めつけるのは早計であり、気にはなる。10月号だろうか? 10月号なら、最新号発売まであと一週間ほど余裕がある。覗き見くらいしてみたい。でも、多分、9月号だろう。

ちなみに、昨日の記事をずいぶん加筆修正しているが、なにも上の記事を読んだからではない。「図書新聞」購入まえに更新していたし、そうした話題には触れていない。なにしろ、「図書新聞」は土曜日(9/29)に出ているから・・・、って言い訳することもない。ちっ、早くしっていれば、昨日の記事もすこし違っていたかもしれないのに・・・。

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2007/09/28

本日購入、小説とマンガ

Red_1Yumenoukihashi 今日いや昨日買った、いやさ、買ってしまった本が左の2冊。

今のところ「愛読書」には載せていないけれど、谷崎潤一郎はやっぱり好き。文庫でしか買わないけど。

そして、別のマンガを探しにいったら、見つけてしまったので、買ってしまった山本直樹。山本直樹は見逃せない。山本直樹なのに、今回はエロなし。だけど、予告を見ると、どうやら2巻以降はそうでもないらしい。とはいえ、あさま山荘事件につながっていく連合赤軍がネタのお話だから、硬派。まぁ、山本直樹って、とみに最近は、エロを描きながらも硬派だけれど。ちなみに、人物に付き纏っている丸数字は、死んでいった順番なのだが、このとき、永田洋子の著書のタイトルが「十六の墓標」であることが思い出される。思い出されるといいながら、読んだわけではないのだが、それはさておき、見てみれば、「レッド」の丸数字は15までしかない。すなわち、永田が同志の死者(といっても、ほとんど彼女が先導して殺した人々だが)として数えたうち、獄中で自殺した森恒夫は数に入っていない。とすると、この丸数字が意味するところとして、このマンガはおそらく、あさま山荘事件ではなく、山岳ベース事件でピークを迎えるのだろう。なお、「レッド」では、永田は赤城、森は北。
山本直樹も、我が家のどこかにあるはずの某書を見つけ次第「愛読書」に加えるつもり。たぶん、誰かに借りパクられて、じつのところは我が家にないのだろうなぁ・・・。

ちなみに、探していたのは、小玉ユキという人のマンガ。まだ2冊目の新刊は見つけたが、デビュー作が読みたかったし、「レッド」を見つけてしまったので、保留。小玉ユキという人は全然しらないのだが、ネットを彷徨っていたら、面白そうだなぁ、と思えたので、試しに読んでみようと思っている。

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2007/09/20

本日購入、小説なし・・・

小説が読めない。本を開きもしないまま。それでも本屋通いはしている。そして、本日も買ってきた本がある。けれど、小説ではない。

Dollybird9Newton_sakushi いつも通り、すぐに手許を離れるお人形ムックが左で、右は「Newton」のムック。
「Newton」のムックは、このまえは、ゼロと無限の特集を買った。非常に面白かった。円が∞角形だ、なんて、いわれてみれば当たり前だけれど、目から鱗ってやつだったし、2種類の無限大がある、なんて話は、唖然とした。「新宇宙図」も欲しい。

ともあれ、「錯視 完全図解」、面白い。是非、画像をクリックして拡大し、表紙の絵を見つめて欲しい。この表紙を見たら、買わずにいられなかった。本屋で立てかけてあったのだが、なにやら蠢いているから、ビクッとしてしまったのだった。
ああぁ、エッシャーに動く錯視を教えてあげたい。エッシャーなら、きっと蠢く蛇を描いてくれただろう。これなら、動画なんかいらない。
念のために書いておくが、ほんとうになにも細工していない、ただの静止画だよ。

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2007/09/15

再版を待っていた本

Pedro_paramo 噂を聞いていながら出会えぬままだった本が、今月ようやく再版されるとは聞いていたが、今日見つけて、またぞろお財布事情が苦しいのだが、買ってしまった。フアン・ルルフォ「ペドロ・パラモ」。すごく楽しみ。

でも、最近また本が読めていない。

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2007/09/04

今日も報告だけ

明日こそちゃんと記事を書こうと思うが、体調不良、倦怠・疲労感が続いている。それゆえ、ということにして、気もちもマイナス方向に偏りがち。

報告は、文学フリマにお金を振り込んできたので、いよいよ第6回文学フリマに参加が決定したといってよいだろう。なにごとかとんでもない不測の事態が起きないかぎり、参加する。11/11、秋葉原で会いましょう。
ちなみに、「頌(オード)」さんも参加されるそうだ。「銀座線」さんはどうなのかなぁ・・・。

NokawaNara_report 今日買った本は左の2冊。
帰ってから、松浦寿輝と古井由吉の往復書簡と対談の本を買うつもりだったと思い出した。
ちなみに、現在読んでいるのは、マルケスの「愛その他の悪霊について」。あまりその評判を聞かない理由が判る気がする。マルケスとしては・・・、はずれ、かも。というのは、早計だな。まだまだほんの数ページ。

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2007/09/01

第6回文学フリマブース獲得、その他

今年も、文学フリマに参加できることになった。事務局から封書が届いて、抽選に受かったのだ。3年連続の参加が決まった・・・、いや、まだ申込金の振込みを行っていないから、決まったというのは早いが、とりあえず、報告しておこう。最新「木曜日」のうち拙作については、すでに「デジタル文学館」さんで公開していただいているのだけれど・・・。

KokorogawariDel_amor_y_otros_demonios 9月になり、お休みしていた期間に買った本が左の2冊。ミシェル・ビュトール「心変わり」は、二人称の小説について、ちゃんと考えてみる試みのために買ってみたのだけれど、この厚みはかなり厳しそうだし、パラパラと見たところ、二人称の必要があるのだろうか? と首が傾げている。この小説が二人称でなければならないなにか、なにごとかに、どこかで出会えるのだろうか? それを楽しみに読もう。といっても、いつになることやら。
そして、「コレラの時代の愛」に感激してしまったので、マルケスのうち、未読だった「愛その他の悪霊について」。マルケスが描く「愛」を読む試み。安価な旧版で買いたかったのだが、最近見かけなかったし、新潮のシリーズが出てしまったので、新版になってしまった。

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2007/08/27

勝手ながら・・・

まことに勝手ながら、ブログタイトルをはじめ、色々とリニューアルしました。

リンクを頂戴しているみなさまには、まことに申し訳ありません。

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2007/08/18

今日買った本

AsattenohitoSinnoakugorou 今日は、左の2冊の本を買ってきた。いよいよ諏訪哲史の「アサッテの人」と、高原英理の「神野悪五郎只今退散仕る」なのだけど、高原英理は、「ゴシックハート」と「少女領域」を、物足りなさを感じつつも読み通していて、小説にチャレンジしようと思ったのも、なにより表紙の宇野亜喜良のせい。帯にある「澁澤龍彦中井英夫の後継と目される」といった科白は、かねての評論の帯にもあったから、けしてそれに踊らされたわけではない。中を覗きもせずに衝動買いしてしまったのだけど、今数行読んだら、これははずれのようだ。この文章はかなり危険。これが考えて書かれた文章だとしたら、驚きに繋がるかもしれないけれど、彼の評論を読んできた身としては、そうした試みが期待できるとは思えない。思えないけれど、もうすこし読んでみよう、いつか・・・。
ちなみに、これがはじめての小説かと思ったら、そうでもないらしい。「闇の司」をはじめ、ほかにもアンソロジーに数篇、秋里光彦の筆名で書いているそうだ。

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困った・・・

Kyokosendan 松浦寿輝の「川の光」を読了した。サクサク読めて、すんなり読み終えたわけだが、かなり困っている。筒井康隆の「虚航船団」に対し、小説家には失敗作を書く権利がある、と書いたのは、渡部直己さんだが、かといって、松浦寿輝の小説としてはきっと売れるだろうことも含め、失敗作というのは憚られながら、それはないだろう、という思いが強い。

明日の日付で、ちゃんと記事にしようと思っているけれど、辿るうちに気持ちがかわるかもしれないが、今のところ、「それなら、こんな小説なんか書かなきゃいいだろ!」と言いたくなっている。読者を馬鹿にするのもいい加減にしろよな! と。

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2007/08/13

今ここでしか生きられないぼくらのために

なんとも気障なタイトルをつけて見た。笑っていいよ・・・。

金がない、「アサッテの人」を買う金もない、と言いながら、本屋に覗きにいったら、三冊を買ってしまった。あいかわらず馬鹿だ・・・。持ったら使ってなくしてしまうのだから、きっとお金が嫌いなんだろう。

Furansugensousyosetsukessakusyu ついに懸案だった白水Uブックスに手を出したわけだが、maaya331さんに教えてもらったマルセル・シュウォッブ(シュオッブ)「ミイラ造りの女たち」目当てに、「フランス幻想小説傑作集」を買い、早速「ミイラ造りの女たち」を読んだら、なるほど、面白いではないか! さらに、巻頭のD=A=F・ド・サド「州民一同によって証言された不可解な事件」も読んでしまった。どちらも充分、記事にしたいのだけど、今日は時間がない。明日は、「川の光」を読み進めて、記事はこのふたつにしよう。
しかしここには、リラダンの「ヴェラ」やシュペルヴィエル「沖の娘」など、既読あるいは持っている小説もすくなくない。じつはサドも「小咄、昔噺、おどけ話」のうちの一篇というから、既読なのかもしれない。アンソロジーを買うなら、被る可能性は覚悟しなければならないのだろう。

Anthologie_de_lhumour_noir1Anthologie_de_lhumour_noir2 「黒いユーモア選集」にしても同様。まして、この本は、抜粋だったりするから、エッセンスを楽しむための本といってもいいかもしれない。しかし、凄い名まえが並んでいる。ブルトンのセンスを楽しむという意味でも、「澁澤龍彦が熱狂した」という帯の文句がわかる気がする。まさに澁澤の仕事に似ている。euripidesさんご執心の「ユビュ王」から詩が一篇と、「鎖につながれたユビュ」の第一幕 第ニ景もある。ジャリはそれだけではない。また、ここにもサドやリラダンの名まえがある。あれっ? 「フランス幻想小説傑作選」にあって「黒いユーモア選集」にない名まえに、ネルヴァルがある。なんとなく意外・・・。

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2007/08/03

また穴埋めのメモ

そういえば、今日本屋に行くと、クロエさんがかねて触れていた文庫版アンドレ・ブルトン「黒いユーモア選集」の12が出ていた。いつか大きな本を買うことになるのだろうと思っていた本。クロエさんの記事を読んだときには、「おっ!」と、眼を瞠ったさ。保留していてよかった。近いうちに買おう。

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2007/07/28

できるだけ、読んで欲しくない

あらかじめ断っておくけれど、けして、「アサッテの人」が「できるだけ、読んで欲しくない」わけではない。

昨日、リブロで「アサッテの人」を覗いてきた。立ち読みで、最初の2Pを一気に読んでしまった。様子見の立ち読みは、悪いときは、2・3行、よくても4・5行がいいところ。「アサッテの人」、すくなくとも書き出しはかなり面白い。野坂昭如のようなリズムがあって、ダラダラ長いセンテンスなのに、グイグイ読まされる。お金ができたら買って読む、と決めた。1500円の本も買えないほど貧乏なの? そうなのさ・・・。

ここから先が、「できるだけ、読んで欲しくない」部分。

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2007/07/27

空いていた日付を埋めるためのほんのつぶやき

面白いと再三書いているし、実際読めば凄く面白がりながら、いまだに、「コレラの時代の愛」を読み終えない。べつに惜しんでゆっくり読んでいるつもりもないし、あいかわらず、今さらこんな事実をしらせるか? と驚かされたりしていて、物語力といい、気球で飛んだ先で出会う景色の面白さ、出来事の面白さも堪能して、先に先にとページを繰らされているのに、まだ読み終えないというのは・・・。ただ長いというなら、これより長い小説はいくらでもあるわけで、なにかマルケス的マジックに嵌まっているかのような錯角さえ覚える。不思議だなぁ・・・。

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2007/07/26

忘れていた

ぎょっ! 今夜って、合評じゃん! そのあとについて、上野さんとお約束してるから、サボるわけにいかないのに、まだ合評作を読んでない・・・。

さらに、なんだ・・・。もう出てるのか・・・。昨日ジュンク堂にいったのに、気がつかなかったぞ。「アサッテの人」。こんなド派手な表紙なのに。

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2007/07/25

今日仕入れた本のことなど・・・

KawanohikariHyakumonogatarikaidankai ほんとうは、「文芸思潮」18号だけのつもりで池袋ジュンク堂を訪れたのに、出てるんだもんなぁ~。買ってしまった。松浦寿輝が新聞小説を書いて、すでに完結しているのはしっていたから、遠からず出るはずだと思ってはいたのだけど、この貧乏な時期に・・・。しかし、美学の人・松浦寿輝が、童話めいたお話を書くとは・・・。いや、だからこそ、書けるのか??? 聞いているところでは、「ガンバの冒険」みたいなお話か、と思ってしまうのだが、とにかく、なにかを言うのは、読んでからのことだ。
さらに、「百物語怪談会」。そうした本の存在は、どこかで聞いていて、面白そうだなぁ、と思っていたのが、復刻されてしまった。でもね、またまた帯に難癖つけちゃうんだけど、「完全復刻」? で、東雅夫編? 編? で、「完全」復刻? 完全? 意味わからないし・・・。

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2007/07/24

「文芸思潮ウェーブ」18号が出たらしい

文芸思潮ウェーブ」18号が出たようだ。7月は発行月のはずだと思い、ジュンク堂に覗きにいこうかと思ったのだけれど、確認して、たしかにあるとわかってからでもいいや、と思ったら、ちゃっかり、出ていた。これで、同人誌優秀賞作品が6作出揃ったわけで、いよいよ最優秀賞の選定ということになる。その6作品に、水木怜さんの「エスプレッソが冷めたら」(「照葉樹3号)が入っていることは、すでに書いたとおり。18号ではまだ最優秀賞は発表されていない。というより、選考会の予告がされているらしい。ここには、最後の優秀賞2作品が掲載されているらしい。優秀賞は本誌「文芸思潮」に掲載だと思ったのだけど、そちらには最優秀賞を載せるつもりなのだろう。明日にでも、ジュンク堂を覗いてこよう。

情報は、「文芸同志会通信」さんで、得た。
また、すでに18号を手にして記事を書いたらしい鶴樹氏によれば、作家集団「塊」KAIは、全国同人雑誌振興会なるものを立ち上げたそうだ。・・・なにをか、いわん・・・。とにもかくにも、18号を見たい。

Gothicmeiyakusyusei それから、NさんのPCが故障してしまわれたのだが、なんとその矢先にNさんから左の本が届けられた。学研M文庫の「伝奇ノ匣」はけっこう好き。岡本綺堂夢野久作を持っている。
なんでも、Nさんたら、綺麗なうちに、と、ご自身はろくに読まずに送ってくれたようなのだ。申し訳ありません。大事に読ませていただきます。と書きながら、今のところNさんはネット環境を失っているもどかしさ・・・。手書きでお礼のお手紙書かなくちゃ。

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2007/07/23

ちょっとおしらせ

もしも、連絡不通やアクセスなしの状況に、心配などされる方があるといけないので、念のため、ここにこられる方々におしらせしておきます。

NさんのPCが不調で、現在メールの送受信も、インターネット接続もままならぬ状況にあります。ゆえに、みなさんのHPやブログへの訪問もできないそうですが、訪問やメールの送受信がないことも、そうした事情なので、心配なきよう。

といっても、「胡壷・KOKO」さんの5号に小説がなかったことだし、今年はぜひ新作を読ませて欲しいので、その意味では心配してしまいます。長引きませんように・・・。

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2007/07/22

「頌(オード)」「メタモルフォーズ」拝受

デジタル文学館」さんの縁で、「頌(オード)」の小原優さんが「頌(オード)」誌の直近号の3冊と小原さんご自身のご著書を送ってくださった。小原さん、ありがとうございます。じっくり拝読いたします。「頌(オード)」さんは、かねて「文芸同人誌案内」さんのページで、その表紙に感心しきりだった。オリジナル版画による表紙。こうしたお仲間がいるのは、羨ましいかぎりだ。
いただいた3号のうちもっとも古い25号に掲載された唯一の小説が、「デジタル文学館」に掲載された森野ことさんの「雪おんな」。
「頌(オード)」さんは、小説がすくないのが、小説好きとしては、ちょっと残念。なお、「執筆者紹介」を拝見すると、私と同年代の方々。

Ohdo25Ohdo26Ohdo27Metamorphose   

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2007/07/18

探すべきは家の中

Latinamerica_kaidansyuFuransutanpenkessakusen 部屋をかき回してみたら、色々なものが出てきたわけだが、たとえば、やはりオクタビオ・パスの「波と暮らして」は「ラテン・アメリカ怪談集」という河出のアンソロジー文庫に入っていたし、岩波文庫の「フランス短篇傑作選」というアンソロジーにシュペルヴィエルの「バイオリンの声をした少女」が入っていた。多分積読だったのだろう・・・、きっとそうだ・・・、そうに違いない。そうゆうことにしておこう。

また、あんな本こんな本が見つかって、既述記事に表紙画像を置いておいた。さらに、長く探していたトレヴィル版の松浦理英子「ナチュラル・ウーマン」が出てきたので、「今の私がかく或る理由」を差し替えた。もうひとつ、岡本かの子を追加した。

JikkensyousetumeisakusenGensousyousetumeisakusen そして、左の2冊の文庫本。
かつて私のバイブルだった。といいながら、ラインナップを見て呆れた。「幻想小説名作選」には野坂の「骨餓身峠死人葛」が入っている。ええ~! うぅむ、やはり当時は野坂の文章が読めなかったのかもしれない。また、「実験小説名作選」に藤枝静男の「一家団欒」が入っているではないか・・・。我が家にあるのは、「幻想・・・」が第4刷、「実験・・・」が初刷で、どちらも昭和55年に刷られたもの。1980年。私は高校生だった。ともあれ、横田順彌だのかんべむさしだの、私には懐かしい名まえだけれど、それが藤枝静男や伊藤整、横光利一なんて名まえと雑然と並んでいるさまは、なんともふざけて素敵。

「実験小説名作選」収録作品(筒井康隆・選)
箪笥  半村良
雀こ  太宰治
ねこひきのオルオラネ  夢枕獏
一家団欒  藤枝静男
せまりくる足音  小松左京
Kの昇天  梶井基次郎
メグロの決死圏  横田順彌
ナポレオンの田虫  横光利一
  筒井康隆
M百貨店  伊藤整
集中講義  かんべむさし
風博士  坂口安吾
海の城  殿谷みな子
吊籠と月光と  牧野信一
大いなる正午  荒巻義雄
幻の戦士・鈴唐毛の馬慣れ  中村誠一
終末の日  星新一
〈対談解説〉荒巻義雄・筒井康隆

「幻想小説名作選」収録作品(半村良・選)
夢十夜  夏目漱石
眉かくしの霊  泉鏡花
柳湯の事件  谷崎潤一郎
西班牙犬の家  佐藤春夫
片腕  川端康成
魚服記  太宰治
おとしばなし李白  石川淳
恐怖屋敷  柴田錬三郎
黒いゴルフボール  源氏鶏太
百メートルの樹木  吉行淳之介
蜘蛛  遠藤周作
待つ女  小松左京
骨餓身峠死人葛  野坂昭如
暗い海暗い声  生島治郎
母子像  筒井康隆
牧神の春  中井英夫
風見鶏  都筑道夫
ボール箱  半村良
〈対談解説〉小松左京・半村良

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2007/07/17

予告と言う名の言い訳

Mokuyoubi11 ようやく探していた「木曜日」11号が、1冊だけ見つかった。配給が1冊だけということはないはずだが、かといって、おそらくは20冊以上あった本が、いったいどこへ消えてしまったのか??? 捌けるはずもないのに・・・。

そこで、拙作をRUPOによる版下の本から、読み取ったのだが、やはりてこずった。euripidesさんは慣れたからどうということはない、というが、いやいや「デジタル文学館」を運営していくのは並大抵のことではないはずだ、と、身をもって思い知った。OCR読取ソフトの性能差はあるだろうけれど、スキャンだって大変だし、確認校正作業が簡単なわけがない。今後の推薦については、できるかぎり援護したいと痛感。

で、「コレラの時代の愛」読了には今しばらくかかりそうでもあれば、次の記事から11号掲載の拙作を、連載しちゃおうかな・・・と。

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2007/07/15

人称を巡る覚書―承前

世界文学のフロンティア5・私の謎」から
これ
――フェルナンド・ペソア(訳:菅啓次郎)

人はいう 私の書くすべてにおいて
私は装い、嘘をつくと。ちがう。
私はただ想像力をもって
感得するだけだ。
心は使わない。

私が夢見るすべて 経過するすべて、
失敗するすべて 終わってゆくすべては、
ちょうどひとつのテラスのように
さらなる何事かを見晴らしている。
美しいのはそれだけだ。

だから私は 傍らにあるわけでもない
何事かに身を浸しながら書くわけだ、
錯綜に惑うことなく、
ありもせぬことに真剣になって。
感じること? それは読者の仕事!

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2007/07/09

七夕だったのだなぁ

そっか・・・、七夕だったのか・・・。七月七日は七夕だったのだな・・・。いや、だからといってどうというわけでもないのだけれど、euripidesさんに教えられたお遊びをしてみたら、私のペンネームは、ど真ん中にたったひとつ「愛」、周囲はびっしりと「悩」でもって、なんてロマンチックなやつ、などと思いつつ、「文芸同人誌案内」のリンクにあるh-m-TAKAさんのブログで紹介されていた中村中という人を視聴してみたら、これは好きかも! と思えて、さらに中村中さんのブログを見つけて、そしたら、七夕がどうたら書いてあり、ああ、そうだったか、と思ったわけさ。って、全然脈絡が・・・ない。
う~む、しかし、性同一性障害をカミングアウトしている、というのは、いかにも私好みっぽくて、むしろ引いてしまうなぁ・・・。すくなくとも、芥川賞候補の歌手(ちなみに候補作は、立ち読みして、数行で断念)よりは、よほど私好みの唄い方なんだけど、「りんご売り」など、詩があまりに狙い過ぎの感もある。

世界文学のフロンティア1・旅のはざま」のエドワード・W・サイード「冬の精神 亡命生活についての考察」を開いてみたのだけど、いわゆる論文で、こりゃサクッと読めるしろもんじゃねぇや、と、保留して、巻頭のルイサ・バレンスエラ「旅」を読みはじめ、なかなか面白いと思いながら、次第に不穏な気配が見えてくるから、あわてて訳者・斎藤文子によるバレンスエラという人の紹介を読めば、実験小説がどうたら・・・。これもちょっと覚悟して読まなきゃいけないらしい・・・。

鞄にハードカヴァー2冊は辛いので、出かけるときはマルケスを読むとして、その間、チラチラと「世界文学のフロンティア」を拾い読みしようと思っているのだけど、なかなか手強そうだ。ちなみに、美味しいものは後にとっておくタイプの私ゆえ、残雪を開いていない。

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2007/07/05

本日の収穫と・・・

Moyashimon5 新刊が出たので、買ってきたのが、左。しかし、最初のインパクトはもうないのだから、せいぜい15巻くらいで終わって欲しいものだ。それ以上は続けて読めると思えない。まだ5巻で、こんなことを思わせてしまうあたりは、このマンガの弱さだろうな。アニメ化も決まったらしく、今のところ終息よりは、枝的な物語をはじめようとしているが、そうなるとまさに石川雅之の器が問題になってくるだろう。人気が出れば引っぱれるだけ引っぱるのがマンガの常。さてさて・・・。

小説は、「コレラの時代の愛」を読んでいる。やはり、すっごい小説だ。

届いたのが、下の6冊。一番の目当ては第3巻「夢のかけら」だが、それぞれに、触れてみたいが買うのは躊躇っていた人物の名があり、楽しみ。中には、ソローキンの「愛」のように、本屋で立ち読みして、ガッカリしたものもあるが、まったく未知の名まえもたくさんあるので、驚きの出会いもきっとあるに違いない。アンソロジーで様子を見る私の俗さは、手当たり次第に買えない身の上なのだと憐れんでやっていただきたい。笑ってもいいけど。

TabinohazamaAinokatachiYumenokakeraNostalgiaWatashinonazoIakaritohibiki

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2007/07/03

酩酊気味ゆえ

デジタル文学館」掲載の納富泰子さん「穴の空」を読んだのだけど、今日はちょっとお酒が入ってしまい、かつ眠いので、感想は明日にしようと思う。概ね面白く読んだけど、物足りなさもある、とだけ書いておこう。あ、いや、「デジタル文学館」掲載作は、まともに取り上げないのだった。読んでくれればいい。物足りないというのは、納富さんといえば「薔薇のように」のインパクトが強いからであって、「薔薇のように」を忘れて、初期作品ということを踏まえて読めば、面白い。

そして、約束どおり「コレラの時代の愛」を貸していただき読みはじめたのだけど、マルケスって、やっぱり凄くて、こうした圧倒的な物語力を突きつけられると、自分で書く気が萎える。こんな小説を書いてみたいと、奮起させられる凄い小説というのもあるけれど、マルケスの物語力は、むしろ萎える。

「デジタル文学館」に近々に4作がアップ予定らしい。その中には「木曜日」の作品もある。この作品は、もう大分古い作品なのだが、私も大好きな作品。

さて、眠い。眠ろう・・・zzzzzzzzzzz

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2007/07/02

色々な本、小説

Chinohatenoaria 昼食を摂り損ねながら銀行振り込み実行。帰宅途上に、古本屋さんから確認のメールが着信した。3日程度で届くそうだ。県内なのに3日もかかるの? とは思うが、まあよいでしょう。というのも職場で、「コレラの時代の愛」を読み終えたから、よければ貸す、といってくれた方があり、喜んで借りることにした。おそらく明日、受け取れるだろう。さらに帰宅すると、「デジタル文学館司書さんから、左の本が届いていた。ありがとうございます。この本は司書さんがデザインされたそうだ。カッコいいじゃありませんか!
さらに、「デジタル文学館」にも「現代中国小説部屋」にも、読みたい小説があるわけで・・・。
といいながら、最近あまり読書がはかどっていない。なんの、借りた本なら読む。それもマルケスとなれば、いっきに読書に勢いもつきそうだ。ちなみに、マルケスの長編はけっこうしんどいのでは? と貸し主に聞いてみたら、この小説は比較的スラスラ読めた、とのこと。ん? マルケスがスラスラ読める小説でいいのか? きっとよいのだろう。よしあしをいうのは読んでからのことだ。

ともあれ、購入本が届くのに3日かかろうとまったく問題なし。そうでなくても、積読書が崩れたら、貧相な私などあっさり埋まってしまいそうなくらい溜まっている。

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2007/07/01

「文芸年鑑」2007年版を覗き見て

なにが面白くないのだろう??? 今日の私は不機嫌のようだ。すごくつまらないことを書いてしまった。だから、またしても、そっとそっと・・・。

でも、「そっと」などと書いたほうが、アクセスが多くなることの寒さ。

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2007/06/30

ネット購入初体験

昨日、生まれてはじめて、自分用の商品を、ネットで買ってしまった。いや、申し込んだだけで、まだ届いていないのだけど、「日本の古本屋」から、書籍を申し込んでしまった。絶版で、6冊セットの本。定価より安い。
ついさっき、古本屋さんからメールが届いた。代金引換ならすぐに発送するというが、平日はいないのだから、銀行振り込みにした。したがって、月曜日に振込み、それを先方が確認してから発送だから、ちょっと時間がかかりそうだ。しかし、忘れないようにしないとなぁ。危険だ。
で、ものは何か? それは届いてから・・・。こんな高慢ちきなブログで読者の気をもたせるつもりはないが、自分に気をもたせている。

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2007/06/29

残雪のことと、昨日買った本

残雪の「使者と彼について」を読み、残雪こそ私の理想とする世界ではないか、とまで思いはじめている。「使者と彼について」は、短くて大して面白くはないけれど、「天窓」の面白さを念頭に置いて「使者と彼について」を読んだとき、そう思える。すくなくとも私のしるかぎり、比類のない文学。それも、先日書いたような死者の物語などといった意味づけなどじつのところそれこそ無意味ではないか、と思いはじめている。単純にいえば、夢幻世界といった言葉になるのだろうが、創造とか夢幻と呼ぶのがなにかズレているように思われるその世界との「出会い」だ。「出来事」だ。またか、といわれそうだが、創造世界と現実的に「出会う」。小説とは、小説という現実だ。幻想世界も小説として実在する。そしてそれは、残雪という作家の内部で、実現した出来事なのだ。こねくり、形を整えた物語ではなく、出来事だから、そこには意味などない。寓話であれ精神分析の仕草であれ、出来事の意味などというものはあとから捏造されるものに過ぎない。

というわけで、残雪の翻訳者・近藤直子さんのHP「現代中国文学部屋」など眺めていたら、残雪って、なんと松浦理英子論なんて書いているのだなぁ。すごく読みたい。
それから、「季刊 現代中国小説」を何冊か、池袋のジュンク堂に見つけて、片っ端から漁ったが、残雪が載った号はなかった。バックナンバーの在庫を探してもらったが、書棚に並んだだけとのこと。いよいよ古書巡りだ・・・。しかし、一昨日5000円だった「廊下に植えた林檎の木」が昨日は8000円になっていた。足許を見られているようで薄気味悪くも悔しい。euripidesさんは、ん百円で買ったんだって、羨ましい・・・。「黄泥街」もぜひ読みたい。でも、まずは短篇。

Lamour そんなわけで、ジュンク堂にいったら左の本を見つけて買ってしまった。ほんとうを言うと、宇野亜喜良は、昔の、眼が離れて唇のポッテリした、コケットな女性が好きだったのに、最近はすっかり美しい女性になってしまったのが、残念ではあるが、やっぱり美しい。
ブルトンとエリュアールの文章も原文付。フフフ・・・、これからは四十八手より、こう呼びたい。宇野亜喜良の絵と文章が対応しておらず、でも絵にはちゃんと番号が振ってある。すると、ただページを辿って読むだけでなく、絵を見て、そのページを探す、という見方で、ふたたびこの本を楽しめる。装丁も美しい。

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2007/06/24

デジタル文学館

デジタル文学館」に入り浸っている。面白いんだもの。というわけなので、しばらく記事にならない。

ところで、「文学フリマ」の申し込み受付がまだはじまらない。それでも、今月中にははじまるのだろう。そのつもりで事務局さんも頑張っておられるようす。

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2007/06/23

この本を買ったよ

HoffmannDer_sandmann 今日は、左の本を買ってしまったのだけど、ホフマンは、種村季弘訳でフロイトの分析と一緒になっている「砂男/不気味なもの」をかつて読んでいる。見つけたので、せっかくだから、画像を置いておこう。あるいは、この本だって、19刷で平積みになっていただけだから、もしかしたらどこかにあるかもしれない。とはいえ、「砂男」以外は記憶にないので、あったとしても積読のままなのだろう。

デジタル文学館」の作品をちょこちょこ読んでいるけれど、それについては、前に書いたとおり、私の推薦作以外は記事にしないつもり。

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2007/06/20

メモ

訳あり、というほどでもなく、記事をサボりながら、とりあえず、今、眼をつけている本がこれ。でも、すごく長編だ・・・。しんどいかなぁ。でも、面白そうだ。プルーストやジョイスに比肩するってんだから。・・・しんどいじゃん(面白いけど)。

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2007/06/16

呑み、打ち、唄い明かし・・・

昨夜は、呑み明かし、唄い明かし、打ち明かし(サイコロを振っていたが、なにも賭けないよ。負けたらお酒を一口だけ。あげく最後のほうは、ママさんがこれ以上は駄目だといって、水割りではなく水だった)、今日の夕方になってようやく帰宅。せっかく「デジタル文学館」に私推薦の作品が並んだのだけど(euripidesさま、素早い対応、驚嘆です)、明け方眠ったとはいえろくな眠りではなく、疲れきっている。途中で買ってきた本だけ紹介して、眠ろう。

Blythe_custom_note 例によって、すぐに手許を離れる予定。

Gensoubijutukan 欲しかった本。やっぱり買ってしまった。褒められたことではないが、今後、色々な場面で、利用してしまいそう・・・。ベルメールによるウニカ緊縛の写真なんて、早速にも使いたいくらいだ(使ってしまった→ここ)。

そういえば、職場で5月30日の朝日新聞をみつけ、「文芸時評」をコピーしてきた。就業時間中に過去の新聞を漁るという労力と時間の無駄遣いをしただけ。

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2007/06/13

椿實とデジタル文学館・・・徒然

クロエさん椿實を読んでおられる由。それも数少ない作品数ゆえに、惜しみつつゆっくりと・・・。椿實の読者が増えることは嬉しい。当時、三島由紀夫を凌駕するとまで言われ、中井英夫澁澤龍彦を瞠目せしめながら、あまりに早く筆を折り、今やまったくのように無視されているから。
あれっ? もしかして絶版???? クロエさん、見つかってよかったですぅ~。どうやら絶版みたいです・・・。

すでに、3つほど推薦中だが、さらに「デジタル文学館」に推薦する小説を漁っている。そしたら、未読だったなかに、これ面白いじゃん! というものを見つけてしまったが、それについては「デジタル文学館」に掲載されてから書こうと思う。私の推薦作が掲載されるごとに、推薦文がわりに、その作品について書こうと目論んでいる。ただし、すでにここに書いたものについては、書かないかもしれないし、改めて、ここが推薦理由だ、ということで、書くかもしれない。

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2007/06/07

また・・・

さて、7日、「文學界」の発売日だが、よもや今月号では、「木曜日」ほか5月発行の同人誌は同人雑誌評の対象にはなっていないだろう。おそらくは来月と踏んでいる。もちろん、取り上げられると決まっているわけではないが、やはり、「もしかしたら」と思えば、ワクワクするものさ。我々よりすこし早く発行された「季刊 遠近」さんあたりは、今月あたり取り上げられていても、不思議ではないな。楽しみ楽しみ。

文学絡みの興味深いニュースをふたつ見つけたので、紹介しておこう。

中上健次:幻の生原稿 「千年の愉楽」の3編発見

小林多喜二の最初期の小説発見 短編「老いた体操教師」

下のニュースは、3月のものだから、新しくもない。私がしらなかっただけ。小林多喜二には、たいして興味がない。上がなんといっても中上健次、それも「千年の愉楽」! ってことで、ここに掲げたくなったついで、とでもいっておこう。

それから、「文芸同志会通信」さんによれば、朝日の文芸時評で、加藤典洋が円城塔オブ・ザ・ベースボール」を取り上げたらしい。加藤典洋が・・・。へぇ~・・・。なにを言ったのか、ちょっと興味が湧いてしまう。職場は朝日新聞を取っていたっけ???

文芸誌O40号を読んでいる。ある作品を、またしても、とても面白く読んでいる。まだ読了していないのだけど、それ以上に、面白いんだけど、その面白さを言葉にできるだろうか? と、悩んでもいる。というのも、なぜ、どこが面白いのか、今のところ自分でもよくわかっていないのだ。それゆえ、たいして長いわけでもない小説を、いまだに読み終えられないでいるのかもしれない。

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2007/06/05

いい加減に読書記事を書きなさい!

今日読み終えたのは、「木曜日23号掲載作。
ところが、合評の日がどうしても参加不可能な日だった。
大変面白く読んだので、電話をかけ、私は面白く読んだが、反感も多いだろうと言うと、合評に来いという。わけあって、無理・・・。なので、感