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2007/08/05

ねずみ―W.ゴンブロヴィッチ

これはまた、おかしな小説に出会ってしまった。例えば、こんな小説を同人が書いてきたら、私は合評の席でなんと言うだろう、などと考えてしまう。「世界文学のフロンティア2・愛のかたち」に入っていたヴィトルド・ゴンブロヴィッチの「ねずみ」だ。

さて、先日こうしたテーマ別アンソロジーの弊害といったことをチラリと書いたが、今日の読書は、読了後にさえ、なぜこれが「愛のかたち」なのだろう? と首を傾げてしまう。それでいい。おかげで、そうしたテーマに囚われずに読める。

 住民にも大地の幸にも恵まれたこの一帯に、みなが恐れおののく調子のいい乱暴者がいた。その名もフーリガン。平和でだだっぴろい草原のどまんなかに生まれ、森を山を谷を野を、庭のようにして育った彼は、生まれてから、蔽いの下、囲いの中で眠ったことが一度もなく、豪放磊落、気宇壮大、なにごとにも桁外れな男であった。自由闊達な気性からして、せせこましい路地など鼻にかけず、おまけに大の酒好きときた。一挙手一投足からして豪快なのだ。人殺しのフーリガンさまは、窮屈で狭隘なもの、しみったれた、たとえば掏摸のごときを根っから忌み嫌った。ひとを抓るか叩きのめすかどちらかにしろと言われれば、ただちに後者を選ぶくちだった。足取りもしたたかに、広く野を徘徊して、咽喉も張り裂けよとばかりに歌い流す。「ヘイヤー、ハー! ヘイヤー、ハー!」

四字熟語が並ぶさまやことさらな熟語の氾濫は少々鼻白むが、よい流れをもった文章(翻訳は西成彦)が心地よく読ませる。おそらくは熟語の氾濫も、文章の流れを生み出すための苦肉の選択だったのだろう。例えば、「フーリガンさま」と敬称をもって書く素振りにも、翻訳の工夫が見られる。
この流れもあって、大変面白く読んだのだが、だけど、こうした流れとフーリガンという人物の空恐ろしさに紛れて読み飛ばしそうな、この風景が、今回のテーマ。人物描写に託けて「平和でだだっぴろい草原のどまんなかに生まれ、森を山を谷を野を、庭のようにして育った彼は、生まれてから、蔽いの下、囲いの中で眠ったことが一度もな」いというときの、その景色を覚えておきたい。あるいは、大きさ、といっておいたほうがわかり易いかもしれないが。

 彼はあたうかぎりの豪傑としての気質を身につけていた。彼には、口をとざすということがそもそも念頭にない。いわんや声を落として話すなどという、いまどきの連中にありがちなせせこましい芸はない。眠っていてさえ大口をあけ、その鼾たるや、渓谷一帯に轟きわたるほどであった。猫嫌いの彼は、猫を見ただけで、十キロだろうが二十キロだろうがしまいまで追いまわした。女と見れば、ひょいとつかまえ、鷲づかみにして、「この女(あま)、この女(あま)!」とわめきたてるか、さもなくば「ヘイ、ヘイ、こんにゃろう、こんにゃろう!」と雄叫びをあげるかして、マリーシャをつかまえるときも、まさにこの手口であった。しかし、そんな彼にも物悲しい気分につつまれる時がないわけではなかった。そういうとき、周囲の荒野には陰々滅々とした憂愁のかげりのある哀歌が流れ、あふれだした。月を歌う歌にもさまざまあって、祈りの歌から、コサックの歌、犬の遠吠えまがい、そして荒野の嘆き節からカエルの合唱にまで、そのレパートリーは及んだ。「ヘイヘイドーラ、ヘイドーラ!」そして、これが始まると、不遇の犬どもが唱和して、あちこちの垣根の向こうから、低く、物悲しくうめきだすのだった。遠吠えはしまいには人間たちに感染して、あたり一帯が青ざめて輝く月光に向かって、おしころした音色で、陰鬱に、憂いをおびたうめきを発しはじめる。「ヘイドーラ、ヘイドーラ!」(カッコ内原文ルビ)

フーリガンを語るとき、語り手は、なにもかも小さいものを嫌う大きなものとして語っている。また、ここでは「猫嫌い」という点も覚えておきたい。すると、おのずとタイトルの「ねずみ」が思い出されるのだが、今はまだ、フーリガンは嫌いといっても猫から逃げるのではなく、追いかけるのだ、という点を面白がっていればいい。
さて、物語は、向かうところに人がいれば投げ飛ばして殺してしまう危険極まりないフーリガンに挑むものが現れる。元判事のスコラプコフスキという老人である。ゴンブロヴィッチはポーランド語で書く作家だったのだから、はたしてポーランド語圏の人々にとって、その名がどれほど言いにくいのかしらないが、すくなくとも私たち日本人には、フーリガンという言葉がおもにサッカー場の暴徒を表す言葉として確立していることもありその名のとおりのよさと対照的に感じられる。文章の流れのよさが、なおのことスコラプコフスキという名の読み難さを強調しているようでもある。そして、まさにその名の対照性同様、スコラプコフスキはフーリガンとまったく逆様の人間である。小心で策略家。彼は、フーリガンの、眼の前の人間は片っ端から片付けるという習性を利用して、自分の下男クサベリを囮にすると、よりによって落とし穴を掘るのだ。かの広大無辺のような空間の中で、下男を木に縛り付けて、その足許に人一人分の穴を穿つのである。

 かくしてフーリガンは屈した。さしもの殺人狂フーリガンも、窖にひきずりこまれ、窮屈な場所に封じこめられ、猿轡を噛まされ、鉤につなぎとめられて、もう運を天にまかせるしかない。控訴裁判事は、小ぶりの手をしきりに揉みしだきながら、声もなくほくそえみ、何かよいお仕置きはないものかと、一晩考えあぐねた。ひとおもいに殺したのではおもしろくない。せせこましく狭量な形式主義者であるからには、餌食となった男の度量を多少でもちぢこまらせ、みみっちくすることが目的だった。死なれても、おもしろくも何ともない。相手をみみっちくできてはじめて、夢が叶う。定年判事は、先を急ごうとはしなかった。仕留めたフーリガンは地下牢にとじこめた上に、「猿轡」をかませてあるから、ぐうの音も出ない。そんなふうに考えているだけで、最初の数日はうきうきした。スコラプコフスキが地下室に降りていく気持ちになったのは、あの騒々しい悪党がもう泣きもわめきもできない「無口」な存在と化したはずだと確信が持てるようになってからであった。勇気を出して地下に降りると、彼は黙々と、矮小化を目標とする作業を開始した。何という静けさか! 地下室から一気に立ち上がる静寂の力強さは絶大であった。偉大なる静寂は、何週間、何か月にも渡ってつづいた。うめき声ひとつ聞こえない完璧なる静寂であった。

スコラプコフスキの勝利を語る前半は、「ひきずりこまれ」「窮屈」「小ぶり」「つなぎとめられて」「ほくそえみ」「あぐねた」「ひとおもい」「せせこましく狭量」「多少」「ちぢこまらせ」「みみっちく」と、矮小さを強調する言葉が過剰なまでに使われるが、ところが、ようやく彼が地下室に降りていく段になると、「静けさ」にはエクスクラメーションマークが振られ、「静寂」が「力強さは絶大」であり、「偉大」で「完璧」だ。そう、スコラプコフスキの狭量と、フーリガンの強大が拮抗している。畢竟、この時点では、スコラプコフスキの思惑通りになどことが運んでいない。フーリガンはフーリガンのままだ。そこでスコラプコフスキは、さまざまな拷問を施すが、どれもフーリガンを矮小化することができない。そこで弱点を探す。

 そして、ついに発見した。
 なんとねずみだった。
 こともあろうに、ねずみのごときに音をあげる奴だとは思わなかった!
 あるときたまたま巨大なねずみが地下牢にやってきて、壁づたいに横切った。さしもの怖いもの知らずも、そのときは縮み上がった。
 スコラプコフスキは、口から猿轡を外してやったが、あの爆発はなかった。ねずみを目でおいかけながら、奴は黙っていた。地獄のような嫌悪感と恐怖に奴は負けたのだ。足枷のかかった足のわきをねずみが通り抜けるとき、奴はくすっと笑った。いつもよりオクターブ高めの声で。

長い段落を繰り返してきたのが、いきなり短いセンテンスひとつずつで改行してみせる。小ささ=スコラプコフスキの勝利である。だが、この引用部で、「くすっと笑った」「奴」とはいったい誰だろう? 黙っていた「奴」とは明らかにフーリガンなのだし、スコラプコフスキに寄り添った語りからすれば、「奴」とはフーリガンのはずなのに、地獄のような嫌悪感と恐怖に縮み上がりながら笑うのだろうか? あたかもこのとき、フーリガンとスコラプコフスキが同化するようにさえ見えないだろうか? それとも、たんに「奴」という人称が翻訳の迂闊だろうか? 続きを引用すると、

 やったぞ、やった。神に何とお礼を言えばいいのやら。量り知れない神の慈悲に感謝! とうとう攻略法が見つかった。控訴裁判事は、涙を殺せなかった。自然はうまいぐあいにできている。どんなに最強の人間にも、弱点はひとつはそなわっている。人間の力ではどうにもならない、一枚上手の何かがある。桜草を見ただけで堪らないという人間もいれば、レバー嫌いもいる。野苺を食べて蕁麻疹にかかるものもいる。かと思えば、棒責めにも針責めにも、さらに高級な千の策略にもひるむことなく、世界最強とも思われたあの殺人鬼ともあろうものが、おどろいたことに、ねずみを恐れる。あいつにはねずみが耐えられない。あいつはねずみ以下だ。そのわけは、神のみぞ知るだ。ひょっとしたら、人間を虫けらのように殺すあいつだが、ねずみを殺すことを恐れるのかもしれない。あいつは自分を恐れるのでも、ねずみを恐れるのでもなく、ねずみの死を恐れる。何よりもねずみの死にむかつき、その嫌悪感は想像を絶している。それが耐えられない。豚の死も、仔牛の死も、人間の死も、みみずの死も、にわとりの死も、蛙の死も、何であれ、ねずみの死でさえなければ物の数ではなかった。あのおそるべく耐え難い、ひきつるような、粘液質のまるっこくて嘘のようなねずみの死に比べれば、そんなものは無に等しかった。齧歯類に対して彼は無力だった。彼の手の届かない、彼にあってはならない不可能な死。だからあいつはねずみを見ると、硬直して、ひきつり、縮み上がり、がたがた震え出すのだ。してやったり。
 老判事は、遂にフーリガンを従える主人になった。

最初の心内語が、人称を欠いていながらも明らかにスコラプコフスキであり、この段落は一貫してスコラプコフスキに寄り添っている。「涙を殺せなかった」という不自然な言葉使いも、恐らくは、原文のとおりなのだろう。そして、「殺す」「殺せない」という相対性のなかで、どうにも論拠を欠いたまま、フーリガンは「ねずみの死を恐れる」と言い切るにいたる。これは、スコラプコフスキによるフーリガンの理解のようでさえあり、両者はすでに対立する存在ではなく、むしろ同一の存在のようなのだ、といっては言い過ぎにせよ、非常に近しい存在なのだ、とは言えよう。こうして従順化したフーリガンだが、ここに拷問の手伝いをさせられていたクサベリが逃げようとするねずみを追って事故から結果的にスコラプコフスキを巻き込んで、ともどもに死んでしまう。フーリガンは11年4か月ぶりに解放される。さてここからだ。

 フーリガンはあわてて、茂みの下に身を隠した。なんと、この男にも、何かに身を寄せ、穴や隙間があったらそこにはいこむことが自然な反応になっていた。首筋や身体の表面を人目にさらすことを嫌うようになっていた。殺人狂は足元を見つめた。やわらかい風がふきよせてきたが、それがたまらず、胸が詰まって息を殺した。ひたすら足元をじっとみつめていた。ある考えが頭から離れなかった。ねずみはどうしたのか? クサベリが地下室の隙間に追いこんだねずみはどこの消えたのか。

「穴や隙間があったらそこにはいこむことが自然な反応になっていた」というなら、まるで、フーリガンはねずみではないか。スコラプコフスキよりも、ねずみに同化していたのだろうか?

 しかし、ねずみはいなかった。
 しかし、そんなばかなことがあろうか。この何年ものあいだかくも堅く結ばれ、切っても切れない縁で結ばれた齧歯類、あの拷問を通して彼の人格とひとつになり、いつであれ、どれだけ人間に馴れた動物でさえ、あれほどまでに馴れたことがないはずのあの齧歯類が、こともあろうに(ともかく動物の盲目的な順応性は無視できない)彼のもとを離れ、寄りつかなくなろうとは。

かつて孤高の存在だったフーリガンが矮小化して、長く付きあったねずみとも同化していた。スコラプコフスキの同化は、スコラプコフスキの磯の鮑といったところだったようだ。スコラプコフスキの片思いを余所に、フーリガンはねずみと関係を構築していた。だが、この関係も、およそ豪放磊落だったはずのフーリガンにふさわしからず、じつに微妙だ。

 ねずみか?
 こんどこそほんとうだ、ねずみだ。

 やっとお出まし、おいかけろ、ぴょん
 すなおで、かわいい、ねずみさん
 ぴょんと出りゃ、ひょいと追う
 すなおで、かわいい、ねずみさん

 フーリガンは木に向かって突進し、木のうろの中にもぐりこんだ。ねずみも、枯れ枝に向かって突進して、枯れ枝のあいだにもぐりこんだ。ところが、木のうろはろくな隠れ場所にならなかった。なにを考えたのか、地下室の暗やみの中から出たばかりで、太陽に目の眩んだ齧歯類は足にまつわりついて、ズボンの裾の中にもぐりこんできた。あるいは、暗やみから出たねずみはすっかり動転して、あられもないじぶんに驚き、藁をもつかむ気持ちで、親しんだ何かにすがろうとしたのかもしれない。フーリガンの裾の中ほど安らぐ場所が他に思いつかなかったのかもしれない。いちばん慣れた穴は何か。

なんと怪しく艶かしい出迎えではないか・・・。そして、フーリガンは「木のうろの中にもぐりこ」むというのだ。まったく、すっかり小さくなったものではないか。それだけではない。彼は、うろを脱出すると、次に見つけた穴に潜り込むのだが、それはなんと「木造の掘っ立て小屋の壁にあいていた穴」だというのだ。

広大無辺の大自然のなかを我が物顔に歩いていたフーリガンが、地下室で長い年月を過ごし、今や小さくなりはて壁の穴から掘っ立て小屋に潜り込む。穴を求めて彷徨うものに成り果てている。それはねずみもおなじ。するとこのラストは・・・。それは書かずにおこう。そこに至ったとき、幾度か表れた「齧歯類」ということさらな言葉遣いのわけに、苦笑いが浮ぶことだろう。さらに、タイトルがその小説の全体を象徴する必要はないのだから、この物語が「ねずみ」の物語というよりも、「穴」の物語だったからといって、このタイトルが悪いとはいえないけれど、もう一工夫欲しいタイトルだったかな。

そういえば、フーリガンは猫が嫌いだったのだよねぇ。嫌いでも、怯えるより、追いかけ回していたのだけど。

いやぁ、面白かった。

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Nihonsfnenkan1983 本棚を眺めていたら、左の本が眼にとまったから、ひととおり眼をとおしてしまった。1983年といえば、私の読書もまだSFを引きずりつつ、純文学系へのシフトに拍車がかかっていった時期であり、濫読期だった。1983年版ということは、1982年に関する記事なわけだが、この年って、今改めて眺めると、圧巻。
大江健三郎が「「雨の木」を聴く女たち」(なぜ? また表紙画像が見つからない。仕方ないなぁ・・・)、中上健次は「千年の愉楽」、村上春樹は「羊をめぐる冒険」を上梓している。このブログでは、あたかも私は村上春樹が大っ嫌いみたいに書いているが、ある時期までは単行本を買って読んでいたし、そうなったのも、「羊をめぐる冒険」を読んでからのことだった。「千年の愉楽」については、何度となく書いてきたとおりだ。「「雨の木」・・・」は途中挫折したけれど。
Rain_treewokikuonnatati なぜ彼らの本の情報が、「日本SF年鑑」に載っているのか? そういう時代だったというか、純文学のほうが、境界の線引きを曖昧化していった時期であり、SFが隆盛期で、なんでも取り込めてしまった時期というか・・・。はっきりとSF小説と謳っていた「人間そっくり」などを書いている阿部公房という人はすでにいたわけだが、大江健三郎が「治療塔」や「治療塔惑星」を書き、筒井康隆が「虚航船団」を新潮社の純文学書き下ろし長篇シリーズで出し、高橋源一郎がデビュー(1981年)したのが、1980年代前半という時期だった。1979年には、SF嫌いの金井美恵子が「プラトン的恋愛」で泉鏡花文学賞を受賞するのだが、同時受賞が当時絶頂期にあったSF作家眉村卓の「消滅の光輪」だったことで、憮然としていたとか。ちなみに泉鏡花文学賞は第1回に半村良が受賞したし、筒井も受賞しているし、SF作家の受賞が多かった。

それからすでに四半世紀。いまだ芥川賞と直木賞という制度が生きている。芥川賞と直木賞という制度こそ崩壊させるべきではないかなぁ。この際、舞城王太郎でも、佐藤友哉でも、円城塔でも、芥川・直木両賞受賞者にして、純文学/大衆小説といった区分を崩壊させたほうがよいと思うのだが・・・。いつまでも、商人作家菊池寛なんぞの通俗小説の権威化に囚われていることはないだろう。書き手も読み手も、そして売り手も。うわったったった・・・。口が滑った・・・。

05051511 また、1982年のSFやマンガ、映画を見れば、荒巻義雄が「ファウスト時代」を書いているし、大友克洋&矢作俊彦の「気分はもう戦争」、萩尾望都「銀の三角」・・・。高野文子は「絶対安全剃刀」でデビューだ。そして、「E.T.」が公開。やがて映画になるエンデの「はてしない物語」の翻訳が出たのもこの年で、「コナン・ザ・グレート」「遊星からの物体X」、そしてそして、「ブレードランナー」。正直に言えば、私が萩尾望都を読まなくなるのがこの頃だし、エンデには浸れなかったけれど、それでも、豊作といえよう・・・。1982年を特別扱いするつもりなどないけれど、上の本を眺めていたら、懐かしさにつられてしまった。「今の私がかく或る理由」と名まえがダブりまくるのだから、このころ私の文学観が形成されたといっても過言ではないかもしれない。そうそう、私が師匠と出会ったのも、この頃のことだ。いずれは高野文子や萩尾望都も、「今の私が・・・」に入れるはずだし。

ところでさ、スピルバーグのピンポイントの光がもっとも顕著に顕れた、物語の前面に顕れたのが「E.T.」だったように思うのだけど、スピルバーグの光って、フェルメールの白を思い起こすときがある。
Kitchenmaid_2

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