2009/06/30

すごい!!!

「残雪研究」創刊号のふたつめの「水浮蓮」が、「瓦の継ぎ目の雨だれ」同様にとても短いから、読み始めたんだけど、凄い、てか、凄すぎる。一行読むのに、大層な時間が必要だ。頭には入ってくる文章だし、イメージ(映像)的な描写ばかりなのに、それがなかなか映像に結びつかない。

なんだこりゃ?!

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2009/06/28

揺れるワンピース―美月麻希

「白鴉」24号を手に取ってみた。
すると、カットがあり、また、編集後記には隷書体が使われて、無骨な硬派タイプから、読まれる本として、魅せる雑誌に、すくなからずシフト・チェンジが図られたのかもしれない。

さて、そして巻頭に掲載されていた美月麻希さんの「揺れるワンピース」を読んだ。楽しい読書だった。いや、そこで扱われている内容を見れば、「楽しんだ」という言葉には語弊がある。だが、こと「読書」では、あるいは「芸術」では、例えば「癒される」とか「笑える」とか、いわば快感や快楽を与えるばかりが「楽しみ」なのではなく、ときに読者に「苦痛」を与えることさえ、読書の「楽しみ」になる。

なにより、この小説が成功しているのは、語りの場の安定感だろう。

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2009/06/27

瓦の継ぎ目の雨だれ―残雪

残雪なんか読んじゃうと、まともな小説が読めないよぉぉぉぉ。

と思いながらも、「残雪研究」創刊号に手を伸ばして、巻頭の「瓦の継ぎ目の雨だれ」が短かったから、一気に読んでしまった。翻訳は、同誌に「創造する絶望、打倒する天国。打倒する絶望、創造する天国。 解読―残雪《我在那個世界里的事情―給友人》」という、「わたしのあの世界でのこと―友へ」の解読を試みた論文も寄せておられる泉朝子さん。この論文がまた、残雪の短篇とはいえ、全文を逐一辿る労作なのだが、そのタイトルがまたカッコよいよね。論文って、こうしたカッコいいタイトルをつけてもよいものか、と、その点にも驚き。例えば、蓮実重彦がフランス文学などの論文を書くときには、やっぱりいかにも論文的なタイトルだったなどといった話を聞いていたから、正直にいって、このタイトルには、驚いた。まぁ、サブタイトルをつけざるを得ないあたりは、やっぱり論文なのだけれど。

「瓦の継ぎ目の雨だれ」は、1988年に発表された、53字×18行×5Pほどだから、10枚ていどのほとんどショートショートといってよい長さの小説だ。だからこそ、ふと手にとって、サクッと読めてしまったわけだが、ここには、かねて私が書いた残雪のなにかが凝縮されている気がしたのだった。この長さなら、泉さんを真似て、全文引用しながら辿ってみようかなどといった野心も起きないこともないが、訳文とともに原文を提示しておられる泉さんとは違い、そんなことができようはずもない私なら、訳者に礼を失するから、そんなことはしない。と、逃げる。引用って、大変なんだもん。

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2009/06/26

到着本

そして、また一冊、我が家に本が届いて、読むべき本がさらに増えたのであった。

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「白鴉」24号拝受

Hakua25 ついさきほど気づけば「白鴉」第24号が届いていた。

180P超のボリューム。
といっても掲載作数はななつなのだから、それぞれの作品がそれだけのボリュームをもっているということ。目次によると、16枚、24枚という作品も見られるが、5作品が50枚超で、100枚を超える作品もある。

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入手本

Koko8 しばらく外出して、帰宅したら、左の本が届いていた。

「胡壷・KOKO」の8号だ。

今号の表紙コラージュのタイトルは「かくれんぼう」。それについて書かれた小文は、、ほとんど超短篇小説の味わい。
いつまでも鬼が来ない。あまりに上手く隠れ過ぎてしまったとき、隠れていることに不安が襲う。昔々、縁側の下に横になり続けていたときのことを思い出した。
元のカラー画像がここで見られる。

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2009/06/22

星の流れが聞こえるとき―日野啓三

メランコリーに過ぎるかもしれない。まして、綾波レイや、ゴスロリ・ファッション(黒ゴス?)などによって、繃帯姿の少女に今様のなにがしかが纏いついた現代であればなおのこと、この小説を賞揚しようとすれば、気恥ずかしさが拭えない。

都市の中心部にぽっかり穿たれた、草が生い茂る場所。そこにははっきりと眼に見えぬ小さな生命が蠢いている。なにとも明確にいえないものの追跡を恐れながら、生きている都市生活者の「若者」は、それを、少女に教えられる。少女は、ほとんど肉体を持たないように、全身を繃帯で覆っている。

 視力も衰えて、もうぼんやりとも見えなくなったようだ。だがそれにつれて、視力以外の感覚がますます研ぎすまされてゆくのがわかった。繃帯の中は肉と骨ではなくて、白く光る神経のからまりだけではあるまいか、と若者は思うこともあった。

少女が語る生命は、しかし有機物のことではない。おおむね音だ。だが、それは自然界の活動として、生命的なものの比喩が読み取れてしまう。そして、少女は、都市のなかで上の引用にもあるとおり、次第に衰弱していくのだから、あたかも妖精のようでさえある。

Helnwein 繃帯姿の少女に、ゴットフリート・ヘルンヴァインを思い起こし、まして、こうした少女と都市の在りように、ふと、発表誌を見てみれば、84年7月の「海燕」だった。妙に納得してしまった。

というのも、近年の嶽本野ばらをはじめとする乙女ブームに先立って、1980年代には、ちょっとした少女論のブームがあったと言える。例えば我が家に、1983年に出版された「少女図鑑」という本がある。錚々たるメンバーが名を連ねるここに、伊藤俊治が書いている。

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2009/06/21

残雪はわからないか?

これが、とてもよかったので、紹介しておこう。

ことに藤井多樹という方の文章が、少々混乱を感じられるし抽象的に過ぎるきらいはあるが、私としては、「うんうん」と言いたくなる。

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いまさらだけど

なんとなく、送料だけで手に入るなんて、あまりに申し訳なく、気がひけていたのだけど、euripidesさんももったいつけてwwwwおられることだし、絶版の古本は軒並み高騰しているし、「日本の古本屋」にはカフカ論しかないし、やっぱり欲しくなって、さきほど封書を送ってしまった。

いわずもがな、この本

まだ在庫があればよいのだけれど。

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2009/06/19

向う側―日野啓三

あの夕陽・牧師館―日野啓三短篇小説集」巻頭の「向う側」を読んでみたら、これはまた、面白いじゃないか!

この小説が、1966年に書かれた日野啓三のデビュー作であり、日野啓三はかつて読売新聞社に在籍、ベトナム戦争真っ盛りのサイゴンで特派員だったとしってしまえば、なるほど、内容的にも書きぶりも、まだ若書きの私小説かもしれない。だけど、面白かったよ。

この小説の物語を要約すれば、内戦中の東南アジアとおぼしき国に、特派員として派遣された「私」が、姿を消した前任者を探すお話だ。だとすれば、おそらくは私小説ではない。日野啓三がサイゴンで特派員をしていた事実があったとしても、その前任者が真実姿を消していただろうか? それを私はわからない。そんなことはどうでもいい。だけど、内戦中の国で、自分が生きている場所(世界)に閉塞感を感じ、「向う側」を夢想する「私」の在りようは、いつの時代でもどんな場所でも誰にでも、ありそうな、ある種普遍的な自分の居場所、すなわちアイデンティティ発見の物語としては、いかにも小説的な物語だ。

ところが、「私」はすでに、日本という場所を離れている。

 ――あそこのように長い植民地化と内戦の続いた土地の人間というのは、われわれのような島国の温室育ちとちがって、性格的に微妙な屈折と陰影が多く、簡単には理解できないところが多いのですが、それだけに非常に興味深い人間がいます。その男もそういう人間のひとりでした。決していい加減な男ではないと言っていいと思います。

はっきりとは書かれていないが、「私」は本国に電話かなにかで報告しているらしいのだが、ところが、この書きぶりは、なんとも不思議である。「私」の科白であるはずだが、「あそこ」と言うのだ。「土地」とはいっても、「長い植民地化と内線の続いた」というなら、ここで話題になっている「男」がいる場所を「あそこ」というのでもないだろう。
それなら「私」は、「島国の温室」に帰ってのちに事後報告しているのだろうか? そうではない。あくまで経過報告である。それなら、電話ではなくて、言ったり来たり、定期的に帰って報告しているのだろうか?
その詳細はしれない。なんといっても、これらの報告の遣り取りは、一行空きを挟んで唐突にはじまり、前後にも間にも、科白らしき文章のほかに地の文章はまったくないのだ。対して、ここで「あそこ」と呼ばれた舞台になっている風景は、絶えず、うるさいほどに描写されている。例えば、書き出しを見ても下のとおりだ。

 古ぼけたタクシーは私をおろすと、ほとんど舗装のはげた凸凹の通りを、はげしく揺れながら逃げるように走り去った。いかにも場末の裏通りといった名も知らない一画  半分戸をしめた自転車屋、ペンキ屋の二階は恐らく私娼窟だろう。タイヤをはずした(あるいは盗まれた)小型自動車が赤く錆びついて並んでいる修理工場らしい町工場(人気はなく恐らく休業中だ)。薄暗い漢方薬屋の隣りが葬儀屋らしく、ヘビのもつれたような気味の悪い飾りを恐ろしくごてごてと張りめぐらしたひどく大きなからぽの霊柩車が、ほとんど人通りのない通りの半分以上を占領している。

箇条書きのような描写や、ことに霊柩車の描写などは、下手といってもいいだろうし、書き出しなのだから、この小説の世界をすこしでも早く読者に教えようとする身振りとしてわからなくはないにせよ、さらに数ページを経れば、下の段落がある。

 乾季の盛りだというのに、水は広い川幅一杯に青黒く悠々と流れ、船首のひらく上陸用輸送船が甲板にジープを一杯に積んで、中流でゆっくりと向きを変えていた。その向う岸の、強い陽ざしを照り返す椰子の林に囲まれて、小さな教会がひっそりと立っているのが見えた。そしてその教会堂の頂きの小さな白い十字架が、まわりの椰子の群の動物的なまでになまなましい濃緑色の生命力の渦巻きの中に、ひどく際立って、というのも決して毅然としてという意味ではなくむしろ弱々しく頼りなげだが、この陽光の下でわれわれが安心して認知し話し合い証明できる世界だけが、世界ではないことを、懸命に訴えかけ証しだてようとしているように、私には見えた。

「私」の名のもとに、「私」の見え方のもとに、風景を語っているそこが、今「私」がいる場所であるだろう。対して、一切の風景描写を廃して交わされる会話が、「あそこ」というひと言から類推されるように、もし日本でおこなわれているのだとしたら、それが部屋のなかにせよ、なぜこうまで一切省かれるのだろうか? いや、問いの立て方が間違っていよう。日本でおこなわれた会話だからこそ、その風景は省かれる。例えば、「ここ」と「私」が言うなら、その会話は電話だろうと読者は考える。それをあくまで「あそこ」と書き、なおかつ、描写の過多と省略によって、両者を分かつ。この小説の場所、「私」の場所は、ここ(あそこ)なのだ。
だが、ことさらに「私」の科白として書かれた「島国の温室」でさえない「ここ」であり、その風景描写は、いかにも私たち日本の読者には彼方の場所でありながら、さらなる「向う側」を探すのだ。消えた「彼」(前任者)は、「向う側」に行くといって姿を消した。

では、向う側とはどこだろうか? 向う側と言いながら、それは明確である。すなわち、ゲリラが自由に往来している場所である。町を離れればそこはもう向う側なのだ。だとすれば、むしろ向う側に閉じられている場所がここである。
それなら、「ここ」とはなんなのか? 日本でも大いにかまわないはずではないか? 「島国の温室」でもなく、「向う側」でもない「ここ」は、なぜ、これほど執拗に描かれたのか?

 そんな話もしたし、何も話さないこともあった。よく二人でこうやって長い間、黙って坐っていたよ。二人とも、だんだん通行禁止時間が近づいて、車の流れが少しずつ減って、まわりのレストランやキャバレーの灯が次々と消えて、広場が暗くからっぽになってゆくのが好きだった。妙に聞こえるかもしれないが、おれは広場がからっぽになるにつれて、気持ちが充実してくるんでね。反対に車や人間やいろんな物が動きまわったりさわぎまわったりしてる中にいると、妙にイライラしてくるんだ。
 ぼくだってわからないことはない、と私は言った。静かなのは好きだ。
 静かというのとはちがう、と男はきびしい口調でいった。静かというのは単に音がしないというだけのことだ。おれの言うのは、何もないことなんだ。

カギ括弧のみならず、先のようなダッシュさえ省かれて、交わされる会話の相手は、先の引用で「その男」と呼ばれた消える以前の「彼」をしる男である。男はなにもないことを望む。そしてそれは「向う側」にあるという。しかし、男はそれを求めて「向う側」に行くわけでなく、なにともしれないものを待っているともいう。そうした場所が「ここ」だ。なぜなら、向う側に消えた「彼」もまた「むなしい」ということばを使っていた。この小説ではそれを平仮名で書いているが、「虚しい」あるいは「空しい」と書く言葉だ。「空虚」。あるいは「何もない」というなら「無」。「虚無」。ここには仏教の匂いがする。

まぁ、こうなれば、この物語が最終的にどうなるのか、およその見当はつこうというものだ。
この先は、これから読むひとの興を削ぐかもしれないので、そのつもりで・・・。

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